9月になった。
ミラノの自宅に戻り、どうもやる気が起こらない。
片付けもどこから手をつけていいのやら、毎日だらだら過ごしていた。
毎年ある「帰りたくない症候群」は、最後の最後、母と別れる際、どうしても涙が出てしまうが、今回はいつものように涙は出なかった。多分、思っていたよりも両親が元気だったからまだ大丈夫!と思えたからか?それでも、ミラノに戻ってからの不安というか憂鬱な気持ちがこのところ徐々に徐々に大きくなってきている感じ。何なんだろう?ああ、新学期。このバリアを打ち破らないと...
とはいえ、先日、修道院内の老人施設にいらっしゃる日本人シスターを訪ねてきた。この3ヶ月日本語という日本語も話していなかっただろうし、やはり仕事という仕事がないとダメね...とおっしゃっていたシスター。やつれてないかな?と気になっていたが、顔色もよく普段は杖をつきながらゆっくりゆっくり歩かれるのに、スタスタと足音が軽くて驚いた。前夜はすごい嵐で、朝も天気が悪かったので、低気圧のせいか調子が悪かったという。
だが、アポなしでいきなり訪ねたのだが、受付で私がいると聞いた途端に、急に元気になっちゃった!とおっしゃる。ずっと日本語が話したくて、手紙を書きまくってたのよ、とシスター。十数年前にミラノで目の移植をされたが、その後感染し失明。片目で見る世界は私の見ているものとはどれほど違うのだろう。私の肩よりも小さく、風が吹いたら飛んでしまいそうなほど細い体をされていらっしゃるが、声は明るくお若い。「嬉しいわ。」「嬉しいわ」「あなたたちに会えて本当に嬉しいわ。」と何度も繰り返されると、逆に私も嬉しくなり、行ってよかったと思う。また、来週も来ますね、と約束をした。
ところで、在ミラノの日本人学校は今日が始業。でも現地校は12日から。いまだに次男は宿題を終わらせていない。簡単だから...簡単だからこそ、そんなの夏休み前に終わらせられるでしょう?苦笑
教会も10月から新たに教会学校であるカテキズモが始まるので、その前にパロッキアに関わる人の黙想会が来週末一泊で行われる。そしてまた、一緒にオラトリオに関わってきているイタリア人の女性が、今週末在俗のシスターになるための儀式が行われる。あいにく私は、不在のため、参加はできないが、ミサのための聖歌隊の練習や祝賀会の準備も含め、パロッキアの大掃除が始まった。
ちなみに在俗の修道女及び修道士とは、共同生活ではなく、一人一人が自立した生活をしながら、職業を通して召命を生きるもので、彼女は20年以上のキャリアのある銀行員。聞いてみたら、彼女のお姉さんも観想会のシスターだというので、やはり敬虔深い家庭で育たれたのだろうが、彼女が銀行員であろうと、それぞれの召命があり、その重さ、そして人間の価値は変わらず、彼女の才能を最大限に生かし、使命を全うできるかどうか、というのは、やはり彼女の人生の中でいかに「神」が中心に存在していることがうかがえる。
パロッキアの掃除も、司祭から電話で呼び出されたので、はいはい行きます...と言って行ってきたが、行けば、見て、感じるものがある。掃除に駆り出されていたのでは、どちらかというと、カトリック信者とは関係のない地元の低所得者地域の外国人の中高生あたり。普段遊びに来ている子達だ。ここは、宗教とは切り離し、いかに人のために生きるか、司祭がうまく彼らに声をかけながら、生きる喜び、人間とのつながりの美しさを教えている姿を見ると、ああ、私も彼らに関わることで前向きに、神様に向かい感謝する生き方をしないといけないと思い出す。
今月末には、我がパロッキアの祝日のお祭りもある。夏前の「聖霊降臨祭」で平和を祈るため、在ミラノの日本人の方に折り鶴を募った。1240羽を奉納し、本来夏のオラトリオの最終日のフェスタに子供達に配るつもりでいたが、私が急遽日本へ出発し、さすがに最終週は人が少なくなったため、鶴はまだ保管されているという。すでに20羽ずつ束にしているので、今度のパロッキアのお祭りで、寄付を募り、イタリア中部震災に送ってはどうだろうか?と司祭に相談された。平和のために折ってもらった鶴達が、被災地のためにお手伝いができるのなら、これほど嬉しいことはない。考えてみれば62束しかないので、もう少し増やしても良いかもしれない。
心新たに歩き出すために、赦しの秘跡にあずかった。これでリセット。
新たな1年が始まる...
