oratorio estivo 2016 オラトリオ ~ Perdiqua その5 | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで32年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。




折り紙教室3回目。
今回は「こま作り」。

3つのパーツを合わせて組み立てるというもの。
どうだろうな...疑問に思いつつ、パーツごとに色分けしてインストランクションを通常以上(つまり日本人の子供に教える以上に)に細かく指示しながら作ってみた。

説明する際、「今日はこれを作りますが、3つのパーツに分かれています。」と言って、あえてわざわざ分解し、順番に作るので、どれをどの色で作るか考えながら折り紙を選んでください、と指示した。今回も先週同様、日本人の友人M子さんに助っ人として来ていただいた。対20数人、日本人ならともかく、イタリア人を含む外国人の子供を相手にすることはできない。爆

3週間続けて来ている子も数人いた。ちなみに皆イタリア人の男の子の中学生だった。

説明が始まったと同時に、私の発音を馬鹿にするように、小さな声で何か言っては笑う子がいた。先週までは知らぬふりで来ていたが、そこでいきなり私の忍耐力がパチン!と切れた。「S!いい加減にしてくれる?人の話を聞けないのなら、出て行って!ドンを呼ぼうか?」というと、高校生のリーダーが彼を外に連れて行った。その少年は、次男と小学校時代(彼が小4まで通学していた公立の学校)一緒だったが、何かと問題を起こす子で、今週のパロッキアでも毎日何かしらと怒られては、皆と同じ行動ができないよう見学させられている子だった。

Sが抜け、たとえ、私たち日本人の発音や文法に問題があろうとも笑うような子はいなかった。まずは「教えてもらう」という姿勢が大切だろう。きっと外国人の転校生であると、言葉ができないということで、「いじめ」に発展しなくとも馬鹿にされることは多いのではないだろうか?と思った。

折り紙の本やインターネットでの指導では、「私に日本語が理解できない問題点があるのだろうか?」と思うくらい説明がわからないことがある。折り紙は簡単なようで難しい。

とは言っても、一人でどんどんパート2、パート3まで進んでしまう子もいたから驚きだ。私が「あっ」と言って手を出そうものなら、すぐに身を引く。手伝われるのが嫌なのだろう。裏表にすることを忘れて本来の形にならなかった子が、「ここの時点で違っていたのよ。」と指摘すると「恥だ!」という子もいた。きっとプライドが高いのだろう。

長年折り紙を教えていると、一瞬で飲み込みの早い子、そうでない子。努力すればできる子、そうでない子。というのがよく分かる。だからと言って、人をカテゴリーに分けてしまってはいけないこともよくわかっている。子供をいろいろな面から覗き、その可能性を引き延ばしてあげることは、理想だけれどそう簡単ではないとつくづく思う。ましてや、自分の子供なぞ、思うようには育てられない。

折り紙は日本の伝統文化でもあるが、脳の活性化に役立ち、個人的に数学は苦手だが、数学的側面もあり空間認識能力を上げ、また集中力や発想力を育てるものだと思う。

来週は帰国のため、教室は急遽閉鎖。折り紙を通じ、日本に興味を持ってくれる子が増えたら素敵だと思う。