今日の恵み 〜 その2 | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで32年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

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その後、「最後の晩餐」鑑賞第二弾チームをサンタマリアデッレグラツィエ教会にお連れし、待っている間、どこかでコーヒーでも飲んでこようか?と思っていたが、サンタンブロージオをみてみたい、というお客様がおり、う...ん、距離的には遠くはないが、行って帰ってくるには時間的に余裕がない。けれど、行ってしまえ!とすごい勢いで、ガイドさんは25名を連れてバスの運転手に指示。私もついでにバスに乗り込んだ。

ゆっくりしている時間はない!大慌てでバスから皆降りて行ったが、その中には、食事の際、ご一緒した一人の老婦人がいらした。バスの階段をゆっくり降りるだけでも一苦労。彼女の腕を掴み、その後も腕も組んで一緒にゆっくりと歩き出した。

「私ね~、ヨーロッパは初めてなんです。主人が病気だったから旅行もできなかったけれど、やっと出てきたの」とおっしゃる。そして、初めて教会に行ったのは、ご婦人が15歳の時で、タイプを習うために、英語も学ばなければならず、それで米軍のいる教会に行ったのがきっかだったそうだ。ちょうど終戦の年だったという。聖心に通われ、美智子妃殿下とも交友関係がおありだったのだそうだ。

それからご結婚に至り、ご夫妻での信仰生活云々...ご主人様は4年前お亡くなりになられたのだという。今回引率のA神父様が聖体をご自宅に持ってこられ、その後一人でご自分の部屋に戻られ、静かに息を引き取られたのだという。「でもね、A神父様を通じて神様から恵みを頂き、ほっとしたのでしょう。A神父様を見ているとね、ミラノ宣教会がどんなに素晴らしいか。イタリアの地がどんなに素晴らしいのか?思っていたけれど、やっぱり来てよかったわ。」とおっしゃる。私は、昼食のワインの力が作用したのか、みるみる目に涙がたまってきてしまい、「86歳になられても健康でしかも、足腰が丈夫ってすごい恵みですね。これも神様に感謝ですね。」というと、「そうなの。そうなの。」と繰り返されご婦人も涙を流されていた。

話は戻るが、信じられない話だが、サンタンブロージオはお昼休みでしまっていた!しかも、7名を迎えに行かなくてはならない。問題は、地図上では近い二つの教会も道路の問題で、ミラノの内環状線をまた半周しないといけない。少なくとも、町は4連休のところも多かったせいか車も少なくスムーズだったからよかったものの、これが渋滞していたら、歩いた方が早かったかもしれない。苦笑

ミラノの空は完璧に晴れていた。この春は、なぜか雷雨が多く、朝晴れていても、夕方からいきなり雷雨...などととても安心できない不安定な天候が続いていた。「最後の晩餐」第二弾7名をピックアップし、ミラノ散策。さあ、どこへ行きましょう?というと、午前中にドウモ前でとった集合写真はどれもぼけていたので、もう一度ドウモへ行きましょう、となり再び?三たび?内環状線を走る、走る~。

集合写真もやっと撮れ、30分間自由時間。コーヒー!コーヒー!と思ったが、今度は添乗員さんのお土産の買い物にお付き合い。この春妹さんに待望の赤ちゃんが生まれベビー服をみたいということで、ドウモ広場に面したお店に入りお買い物。巡礼旅行はさすがになかなか買い物する時間もままならない。

その後、こことここを歩いて...A神父様が信者さんに沢山の観光スポットをお見せしたい気持ちは重々理解できたが、とにかく時間との勝負。私は途中までご一緒し、その後ゴスペルのレッスンがあったので、皆さんとお別れをすることになった。上記のおばあちゃまに「いつまでもお元気でいてくださいね。」と挨拶をすると「100歳まで生きるからね。」と笑顔でおっしゃった。

添乗員さんとはまたこの夏、日本でお会いするだろうし、9月にイタリアの某地でもお会いする手筈になっている。

ちなみに昨夜、一行はA神父様の故郷の町に行き、ミサに与られたという。町の沢山の信者さんが来てくださり、神父様を生んだ教会でのごミサにはいかに神父様が大切にされているか、愛情いっぱいの歓迎に感動を受けた、と添乗員さんよりメッセージを頂いた。神父様は千葉の教会のみならずきっと東京大司教区でもなくてはならない存在であると確信している。

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今日は私たちにとって恵みの一日。心に平和を抱き、感謝を忘れずに歩んでいくことができますように。