夏休み直前、6月2日はイタリアの「共和国記念日」で祝日。
今年は、週末をくっつけて4連休。いつものことだけど学年末なのにありえないでしょ?
しかも、週末は、ミラノ市長選出の選挙が行われるので、週明けも投票場の会場となった学校に限っては、まだ休みになる可能性もあるから恐ろしい...
さて、現地校終了と共に夏休みに突入。市やスポーツセンターなどの夏休みのプログラムが開始されるが、一番お手頃なのが教会のオラトリオ。今年のミラノ大司教区の夏のオラトリオのスローガンは、<Perdiqua>.
"per di qua"とは「ここを通って」という意味だが、モーセがユダヤの民を率いてエジプトから脱出する旧約聖書の「出エジプト記」を通し、生きることに大切なことを見出すというもの。 み言葉と共に歩むことの美しさ、幸福感を高校生、大学生のリーダーや大人の責任者たちと分かち合う。大切なのは、お互いを知り、協力しあうこと。助けを求めること。また、忍耐を持って歩むこと。
日本の教会だと2泊3日あたりの合宿で終わってしまうが、1週間単位で1ヶ月も一緒だとまあいろいろあるものだが、その恵みも大きい。
ところで、受付が始まり、続々と申しみ者がやってくるが、月曜日、私がオラトリオを担当している時間帯にあるイタリア人男性がやってきた。「何かご用でしょうか?」と声をかけると、主任司祭か助祭に会いたいとのこと。あいにくその時間帯は不在だったので、私が承ります、と答えると、一瞬躊躇して「外国人女性だし、信用できない。」という。瞬間的に、かっちーんときたが、そこで喧嘩を売っても始まらない。「毎週月曜日は私はいつもここにいますし、夏のオラトリオも大人のリーダーの一人として参加していますが」、というと、それでも「外国人の税金は我々が払っているんだ。」というから、「だからなんなんだあ!」「私が税金を払っていないという証拠でもあるのかあ!」とも思った が、一応心を落ち着かせ笑顔で(でも目は笑っていない!爆)、「信用できないなら結構です。今主任司祭を探してきますから。」というと、「悪い!悪い!君のことは初めて見かけたから...」という。もし、オラトリオやミサに来ていたら、私を見かけていないはずはない。まっいっさ...心を無にして、申込み用紙を受け取った。「受付料15ユーロは今お預かりをしてもいいし、オラトリオ初日でも構いませんが」というと、「えっ君に払うの?外国人の君に?」とまたのたまう。「外国人ですが、何か?」「パロッキアの鍵も預かってますし、ドン(司祭)たちは、私を信頼してくださってますが」というと、しぶしぶ支払っていった。それでも後から、主任司祭に電話を入れ、私にお金を託したと念をおしていたというから驚いた。それほど外国人 は信用できない か?けれど、主任司祭も一言私のことを「彼女は信頼のできる責任者だ」と一言添えてくれたという。いろいろな人間がいるから、いちいち怒っていても仕方ないが、そういう人間がオラトリオに来て自分の子供を託そうとする方が不思議でたまらない。
それにしても、何をするにもオーガナイズの悪さに辟易してしまう。だからといって、口を出してしまえばぼんっと全て託されてしまう可能性もある。オラトリオの中心はあくまでも子供達。そして彼らを指導する司祭の周りに高校生、大学生のリーダーたちがいて、大人はあくまでもサポート。今年は、お昼時の大人のボランティアも増えたが、全員で出ても意味はないし、それによっては、私も出席する回数を減らしたい。どうなってるんですか?と助祭に聞くと、スタート前に打ち合わせするか?って当然でしょ。苦笑
毎年テーマソングが設定され、それに合わせたダンスも発表され、毎日ラジオ体操のごとく、朝から踊りまくる。ミックスリストとして数曲発表されるので、オラトリオにいっていれば自然に耳から覚えるのだが、予習予習...
http://www.oratorioestivo.it/Objects/Home1.asp
https://www.youtube.com/watch?v=zNrrjD29xQc
https://www.youtube.com/watch?v=6PejUDCYVcI
将来を担う若者たちが信頼と希望を糧に、生きる大切さをかみしめながら歩んでいくことができますように。
http://www.chiesadimilano.it/pgfom/oratorio-e-ragazzi/servizio-ragazzi/oratorio-e-ragazzi/l-oratorio-estivo-2016-è-perdiqua-1.125135
http://ameblo.jp/sofiamilano/entry-11880481675.html
http://ameblo.jp/sofiamilano/entry-12046558749.html
ところで、受付が始まり、続々と申しみ者がやってくるが、月曜日、私がオラトリオを担当している時間帯にあるイタリア人男性がやってきた。「何かご用でしょうか?」と声をかけると、主任司祭か助祭に会いたいとのこと。あいにくその時間帯は不在だったので、私が承ります、と答えると、一瞬躊躇して「外国人女性だし、信用できない。」という。瞬間的に、かっちーんときたが、そこで喧嘩を売っても始まらない。「毎週月曜日は私はいつもここにいますし、夏のオラトリオも大人のリーダーの一人として参加していますが」、というと、それでも「外国人の税金は我々が払っているんだ。」というから、「だからなんなんだあ!」「私が税金を払っていないという証拠でもあるのかあ!」とも思った が、一応心を落ち着かせ笑顔で(でも目は笑っていない!爆)、「信用できないなら結構です。今主任司祭を探してきますから。」というと、「悪い!悪い!君のことは初めて見かけたから...」という。もし、オラトリオやミサに来ていたら、私を見かけていないはずはない。まっいっさ...心を無にして、申込み用紙を受け取った。「受付料15ユーロは今お預かりをしてもいいし、オラトリオ初日でも構いませんが」というと、「えっ君に払うの?外国人の君に?」とまたのたまう。「外国人ですが、何か?」「パロッキアの鍵も預かってますし、ドン(司祭)たちは、私を信頼してくださってますが」というと、しぶしぶ支払っていった。それでも後から、主任司祭に電話を入れ、私にお金を託したと念をおしていたというから驚いた。それほど外国人 は信用できない か?けれど、主任司祭も一言私のことを「彼女は信頼のできる責任者だ」と一言添えてくれたという。いろいろな人間がいるから、いちいち怒っていても仕方ないが、そういう人間がオラトリオに来て自分の子供を託そうとする方が不思議でたまらない。
それにしても、何をするにもオーガナイズの悪さに辟易してしまう。だからといって、口を出してしまえばぼんっと全て託されてしまう可能性もある。オラトリオの中心はあくまでも子供達。そして彼らを指導する司祭の周りに高校生、大学生のリーダーたちがいて、大人はあくまでもサポート。今年は、お昼時の大人のボランティアも増えたが、全員で出ても意味はないし、それによっては、私も出席する回数を減らしたい。どうなってるんですか?と助祭に聞くと、スタート前に打ち合わせするか?って当然でしょ。苦笑
毎年テーマソングが設定され、それに合わせたダンスも発表され、毎日ラジオ体操のごとく、朝から踊りまくる。ミックスリストとして数曲発表されるので、オラトリオにいっていれば自然に耳から覚えるのだが、予習予習...
http://www.oratorioestivo.it/Objects/Home1.asp
https://www.youtube.com/watch?v=zNrrjD29xQc
https://www.youtube.com/watch?v=6PejUDCYVcI
将来を担う若者たちが信頼と希望を糧に、生きる大切さをかみしめながら歩んでいくことができますように。
http://www.chiesadimilano.it/pgfom/oratorio-e-ragazzi/servizio-ragazzi/oratorio-e-ragazzi/l-oratorio-estivo-2016-è-perdiqua-1.125135
http://ameblo.jp/sofiamilano/entry-11880481675.html
http://ameblo.jp/sofiamilano/entry-12046558749.html
