昭和生まれであれば、4月29日といえば、「天皇誕生日」の祝日として思い出すことだろう。それが、昭和64年(1989年)1月7日に昭和天皇が崩御され、年号が「平成」に改まり、祝日の総称も「みどりの日」となった。しかし、知らないうちに「昭和の日」になっており、なんでかな...と思っていたら、多くの国民からの要望を受けて、国会で平成17年に「国民の祝日に関する法律」が改正されたのだそうだ。
そこで、「国民の祝日に関する法律」を調べてみた。
第一条 自由と平和を求めてやまない日本国民は、美しい風習を育てつつ、よりよき社会、より豊かな生活を築きあげるために、ここに国民こぞつて祝い、感謝し、又は記念する日を定め、これを「国民の祝日」と名づける。
第二条 「国民の祝日」を次のように定める。
...
昭和の日 四月二十九日 激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす。
確かに、昭和のキーワードは「激動と復興」かもしれない。昭和の幕開けは大衆社会の始まりだった。サラリーマンの増大、職業婦人の登場。一方、金融恐慌、世界恐慌の余波で街は失業者であふれ、のち満州事変、日中戦争、太平洋戦争...と続くわけだが、1945年8月の敗戦によって君主国家から一転、民主主義国家となった。それからの日本は、経済復興が始まり、高度経済成長時代がスタート。郊外や自然破壊などのひずみをもたらしながらも経済大国にのし上がって行った...
昭和という時代は60余年続いた。私は、東京オリンピックが行われ、ビートルズも来日した盛り上がっている時代に生まれた。画像は全く関係ないところから見つけたものだが、私が生まれ幼少期育った東京品川の下町によく似ている。母方の祖父母と同居していた。お風呂もなく、銭湯に通っていた。近所に駄菓子屋さんがあった...。「昭和」という言葉とともに、画像のようなごちゃごちゃした家並みを見たり、「銭湯」と聞くと、非常にノスタルジーを感じる。
また、子供の頃は、ピンクレディが好きだった。振り付けは体に染み付いているから、今でも歌って踊れるのは、アラフィフのお約束。しかも、バブル時代の私たち、就職は苦労せず、しかも働きやすい条件のよいところで仕事をしていたので、現在同様?ポジティブ、そしてエネルギッシュの毎日を過ごした。「1億総中流」という言葉が広まり、社内旅行も個人旅行も海外に出かけ、また企業買収などに関わる仕事に携わっていたので、目にする交渉や契約書内容は刺激的だった。
それがね~。仕事を辞め、イタリアくんだりまで来て3人の子育てをしているとは、当時誰が想像できただろうか?苦笑 昨日久々女友達と食事会が行われたが、血行をよくするため足湯に浸かっているのだけれど、暖房に乗せて作ったオレンジピールを入れると、足がすべすべになるの。と話すと、「ちょっと優雅じゃない?」と言われた。優雅だなんて、とんでもない!生活感や髪振り乱した姿は見せないようにしているが、どこかにバブル世代の精神が残っているのか?
「ワンレン」「ボディコン」「お立ち台」...どの時代もバブル女子は「主役」を目指す。爆 そのアグレッシブさとパワーは健在で、子供たちに「勘弁してよ」という目で見られているようだ...苦笑
ああ「昭和」はいい時代だったとよく思う。思うこと自体が、年取った証拠なんだろうなあ。苦笑 昭和を顧みるだけではなく、国の将来も考えないといけないな...と思う今日この頃である。
第一条 自由と平和を求めてやまない日本国民は、美しい風習を育てつつ、よりよき社会、より豊かな生活を築きあげるために、ここに国民こぞつて祝い、感謝し、又は記念する日を定め、これを「国民の祝日」と名づける。
第二条 「国民の祝日」を次のように定める。
...
昭和の日 四月二十九日 激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす。
確かに、昭和のキーワードは「激動と復興」かもしれない。昭和の幕開けは大衆社会の始まりだった。サラリーマンの増大、職業婦人の登場。一方、金融恐慌、世界恐慌の余波で街は失業者であふれ、のち満州事変、日中戦争、太平洋戦争...と続くわけだが、1945年8月の敗戦によって君主国家から一転、民主主義国家となった。それからの日本は、経済復興が始まり、高度経済成長時代がスタート。郊外や自然破壊などのひずみをもたらしながらも経済大国にのし上がって行った...
昭和という時代は60余年続いた。私は、東京オリンピックが行われ、ビートルズも来日した盛り上がっている時代に生まれた。画像は全く関係ないところから見つけたものだが、私が生まれ幼少期育った東京品川の下町によく似ている。母方の祖父母と同居していた。お風呂もなく、銭湯に通っていた。近所に駄菓子屋さんがあった...。「昭和」という言葉とともに、画像のようなごちゃごちゃした家並みを見たり、「銭湯」と聞くと、非常にノスタルジーを感じる。
また、子供の頃は、ピンクレディが好きだった。振り付けは体に染み付いているから、今でも歌って踊れるのは、アラフィフのお約束。しかも、バブル時代の私たち、就職は苦労せず、しかも働きやすい条件のよいところで仕事をしていたので、現在同様?ポジティブ、そしてエネルギッシュの毎日を過ごした。「1億総中流」という言葉が広まり、社内旅行も個人旅行も海外に出かけ、また企業買収などに関わる仕事に携わっていたので、目にする交渉や契約書内容は刺激的だった。
それがね~。仕事を辞め、イタリアくんだりまで来て3人の子育てをしているとは、当時誰が想像できただろうか?苦笑 昨日久々女友達と食事会が行われたが、血行をよくするため足湯に浸かっているのだけれど、暖房に乗せて作ったオレンジピールを入れると、足がすべすべになるの。と話すと、「ちょっと優雅じゃない?」と言われた。優雅だなんて、とんでもない!生活感や髪振り乱した姿は見せないようにしているが、どこかにバブル世代の精神が残っているのか?
「ワンレン」「ボディコン」「お立ち台」...どの時代もバブル女子は「主役」を目指す。爆 そのアグレッシブさとパワーは健在で、子供たちに「勘弁してよ」という目で見られているようだ...苦笑
ああ「昭和」はいい時代だったとよく思う。思うこと自体が、年取った証拠なんだろうなあ。苦笑 昭和を顧みるだけではなく、国の将来も考えないといけないな...と思う今日この頃である。
http://www.429jp.info/about_429/
