「誘惑」と「試練」 | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで32年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。




「主の祈り」の中に、...私たちを誘惑に陥らせず悪からお救いください。というフレーズがある。

童話「白雪姫」では、白雪姫は、毒が仕込まれているとは知らずに、つやつやとしたお美味しそうなりんごの魅力に負け、りんごをかじり息絶えてしまう。

また、旧約聖書の「創世記」にあるアダムとイブは、エデンの園にある果樹のうち、「善悪の知識の木」の果実だけは食べてはいけないと禁じられるが、イブは蛇にそそのかされてりんごを食べ、アダムにも分け与える。最終的に、裸であることを恥ずかしいと感じるようになり、神に楽園から追放されてしまう。

ちなみに「善悪の知識の木」の果実とは「禁断の果実」を指すが、ラテン語で「善悪の知識の木」の「悪」の部分にあたる「malus」を同じ綴りの「りんご」の意味と取り違えたのか、二重の意味があるのかはわからない。

ところで、あと1ヶ月もすればほぼ成績もつき、進級の状況がわかる。我が家の愚息その1は、既に留年しているにもかかわらず、目の前に美味しそうなもの、楽しそうなものが見え隠れすると、そわそわ集中できなくなる。ちょっと出かけてくる...といって帰ってこない。夫にいってもシーン...。きっと夫もそうだったに違いない!苦笑 ありえないでしょう?涙 しかも2度目ならできて当たり前。なのに、最悪な状況。頭悪すぎ!心弱すぎ!私が何を言おうとも、「はいはい、わかりました。」「次は頑張ります」...ってさあ、どこを頑張っているのさ?!ちなみにずうずうしくも学級委員までやっている!もう情けなくって情けなくって涙が出ちゃう。

長女も高校生の頃はひどかった。担当教授と面談の度、「こんなに勉強しない日本人など見たことがない!」と嫌味を言われ、私も「日本人だからといって皆勤勉なわけではありません。」と言い返したことがあるが、毎年3つも赤点を持ちつつ、毎年夏休み明けにどんでん返しの進級、そして見事に5年で卒業し、現在大学では試験も満点をとった何人かのうちの一人に入ったとのことで、人間変わるものだ!と感動したものだが、長男も同じように期待できるのかどうか...

人間は弱い。どんな人間でも誘惑に負けやすい。でもそれに打ち勝つよう自分自身と闘わなくてはならない。試練は、私たちを強め、人間の成長を助けてくれる。けれど、誘惑は私たちを弱め、人間の成長を滅させるものではないだろうか?

「一緒にいる「仲間」が悪いのよ」とアドバイスしてくれる人も沢山いる。子供に時間を割けない代わりに、金品を与えまくっている親の多いこと!それでも、そういう仲間が周りにいると、羨ましいらしい。真の幸せとは何か?今大切なものは何か?思春期の子供に説いても、なかなか通じない。一時的に欲求は満たされても、それは喜びとはならないのに。結局は、相手にノーと言って離れられない自分が弱いのだ。

そして、「誘惑」に振り回されている子供を持つ親は、「試練」の時であって、ただただ忍耐を持ってその子を信じることが必要なのだろう。よく長女に、長男を信じる私がバカだ、と言われる。ある意味、私は騙されやすいのかもしれないが、親が子供を信じてあげなければ誰が信じてくれるのだろう?これまた、ああ無情。涙

「誘惑」と「試練」に関する記事をネットサーフィンしていたら、9年前に書いた自分の日記を発見!9年前に比べたら、随分私は、誘惑に振り回されなくなったような気がする。とはいえ、こんな子供に振り回される試練が待っていたとはね~。苦笑