明日は我が身 | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで32年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

世界で起きている出来事、災難....。今日は他人ごとと思っていても、明日は我が身の上に降りかかってくるかもしれない。災難というものは、いつ誰に起こるかわからないものである。

「危機感を持って生きること」はある意味大切だが、「悲観的に生きる」のは嫌だ。これは紙一重なのだろうか? のほほんとしている人は、危機感がないのだろうか?

たまに心がなんともいえないザワザワ感に襲われる。何に対してか?自分自身にも具体的につかめないことがある。こんなことは、子供の頃はもちろん、若い頃もなかった。年を取ってきている証拠かもしれない。

備えあれば憂えなし。という慣用語がある。万一に備えて、あらかじめ準備をしておけば、ことが起こっても少しも心配事がない、という意味。その「うれい」は「患い」とも書くと初めて知った。患いって患い(わづらい)じゃないんだ?心を悩ませること、心配の種、苦労、と辞書にある。この年になって知らなかったことがまだまだ沢山ある。

ところで、話は飛ぶが、知り合いの神父様は70歳代半ばで腰もだいぶ丸くなられたが、何かとお忙しい身。それでありながら、定期的に神父様の所属する修道会の老人ホームのお手伝いへ行かれる。しかも、ミラノから120キロ以上も離れており、ちょっと行って帰ってこられる距離ではない。「いずれ私もお世話になりますから...明日は我が身ですね。」とおっしゃっていたことを思い出した。

昨日は人の身、今日は我が身。

その日のために、準備も必要だが、それとは別に、困っている人、苦しんでいる人、悲しんでいる人...そういった人々に寄り添い、手助けをする。状況の良し悪しに関わらず、またそれに対し個人的な判断•判定を下すのではなく、この目で見て受け止める。知っておく。お互いに心を配る。それも大切なことなんだな、と思う。

なるべく今日できることは今日、やっておく。そしてすべてに対し丁寧に生きて行かねば。

Chissà domani potrà capitare a me!