今日3月28日は、我が夫婦の結婚20周年記念日。
嬉しいわけじゃないが、よくここまで来たな、と思う。苦笑 結婚20周年の記念は磁器婚式、または陶器婚式と呼ばれ、「年代と共に値打ちが増す磁器(陶器)のような夫婦」という意味合いが込められているのだそうだ。
まあそういう意味じゃ、まだまだヒビも入りやすいし、欠けたり、落としたら一発で割れてしまうだろう。爆
ところで、今朝の新聞(Corriere della Sera)によると、イタリアでは、親の別居または離婚により、40%の未成年者が父親に会えていない、という内容の記事があった。日本では両親の離婚後、片親と暮らすが、元夫婦は連絡も取り合っていないし、その片親に会ったことがない、というような話をよく聞く。
イタリアの場合、まず簡単に離婚が出来ず、まず法的な別居という手続きをし、3年以上経過しても修復の見込みがない場合、離婚の手続きになる。けれど、子供がいる場合、子供は両方の親との関係を保つ権利があるし、両方の親にも親として平等の義務がある。2006年の「親の別居及びこの共同分担監護に関する規定」という法律によって、子供が両方の親に委ねられる例も多いようだが、実際には、物理的に、両方の親が、親としての義務をうまい具合に折半することができず、結局片親に委ねられることも多いようだ。特に、子供が小さければ小さいほど、委ねる親として母親が選ばれるケースも多いようだが、働いている親がほとんどだから、おじいちゃん、おばあちゃん、ベビーシッターなど総勢で助け合うケースをよく見かける。週末はもちろん、夏休みもいつからいつまでは、父親方と、他は母親方と...と子供もあっちへ行ったりこっちへ行ったり予定がいっぱい。
それでも、子供が思春期に差し掛かること、やはり何かしら精神的な問題を抱え、カウンセリングを受けているという中高生も、長女の友達に多かった。「やっぱり親の離婚って辛いよね。でもどうなんだろう?両親にすぐに新たなパートナーが出来るのって?複雑じゃない?」と一度長女に聞いたことがある。「何言ってるの?両親がいつも、いがみ合っているのを見るよりは、すっぱりわかれてお互い好きな人と、好きなように生きてもらう方が子供の方は、嬉しいんだよ。我慢して一緒にいる夫婦なんて意味がない。」とズバっと言われて驚いてしまったことがある。子供たちの前で、夫の文句を言おうものなら、「ママ、止めてくれる?聞いてて我慢できないから。文句は直接パパに言ってよ!離婚したけりゃすれば?」とまで言われ、逆に反省したものだ。
ところで、先日27, 8歳の知人が「早く結婚したい!」と言っており、ムムム...と思ってしまったものだ。確かに私も夫に出会ったのは、25歳の時。入籍は29歳だったが、その年齢なら確かに結婚したいと思ったものだ。しかし、結婚は、惚れたはれただけでは生活できず、また愛だけでも食べてはいけない。(始めはそう信じていたが。爆)始めに惹かれた部分が逆に短所に見え、こんなはずじゃなかった...なんてのは毎日のこと。
「結婚前には両目を大きく開いて見よ。結婚してからは片目を閉じよ」と言ったのは、イギリスの歴史家、トーマス•フラーだが、片目どころか、両目もとじて、時に両耳を塞ぐ必要もある。まあそれはお互い様であろうが。爆
復活祭は、せっかく長女が帰宅していたので、久々家族全員で旅行へ行こうとしたら、長男は行かれないと。誰もついてこなくなるのも時間の問題であろう。
何れにしても、結婚記念日は夫婦二人にとってはもちろん、家族にとっても創立記念日のようなもの。その精神を大切にするため、今晩は家族5人でお祝いしてきます。
http://ameblo.jp/sofiamilano/entry-11500201145.html
