テゼ 〜 祈りの場 | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで33年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。



フランスのブルゴーニュ地方にTaizéと書いてテゼという小さな村があるのだが、そこにテゼ共同体という、第2時に世界大戦の真っ只中に生まれたキリスト教の教派を超えた男子の修道会がある。

彼らの特徴は、グレゴリアンなどとは全く別のシンプルで美しい聖歌と沈黙による祈りがある。毎年、10万人を超える若者が訪れるヨーロッパ有数の巡礼地でもあり、彼らの祈りの歌は、様々な言語に訳され、世界中で歌われている。

私もあの美しい旋律に魅せられ、毎月初金(月の最初の金曜日)は自分の教会ではない、別の教会のテゼの集いに参加していたことがある。是非私たちの教会でもテゼのグループを作りましょうよ!と音楽担当の司祭に軽く話したら、「じゃあT子、若いメンバーを集めて!」と言われてしまった。私が参加している聖歌隊の平均年齢は60歳代。それとは別に、若いグループを作ったら(そこに自分が入ること自体図々しいかもしれない。爆)、面倒だなあ...しかも、またここで練習が入ると自分の首を絞めることになる?ちょっと弱腰になっていた。

そうこうしていたら、結局その司祭が、この四旬節のミサに、ずいぶんテゼを聖歌に入れ込んで来た。

今週はやっと長いインフルエンザから復帰し、普通の生活に戻り、昨夜聖歌隊の練習にも出てきた。聖週間には、テゼを入祭の曲にするという。

歌詞はラテン語。リズムはシンプルだが、カノン、いわゆる輪唱の形をとるものが多い。

ところで、イタリアは世界中から音楽を学ぶ学生が集まるというのに、イタリア人自体、楽譜を読めない人も多く、音楽は耳から習う人が多い。聖歌隊とて同じ。なので微妙なリズムが人によって違う、という欠点がある。がなり立てたり、演歌調だったり、またコーラスなのに、ハーモニーは心がけないの?ハーモ二ー?!というくらい、皆自己主張して歌う。苦笑

なんど指導者のシスターが歌って聞かせても、メンバーはそれぞれ聞こえた風に歌うが、???というものが多く、楽譜のコピーをもらった。そして、二つのグループに分かれて、2番目のグループは、8小節目が終わったら入るからね、と言っても、入れない。入ると、第一グループが途中で止まってしまう。オー、ありえないでしょ?!苦笑

何人かが、「T子、なんで楽譜読めるの?あとでyoutube検索して送ってくれる?」と言って来た。日伊間の音楽教育の背景の違いだな...と思う。日本は広く浅くだから、良し悪しもたくさんあるが、やはり楽譜が読めに越したことはない。ちなみに、日本の教会の聖歌集は楽譜が書かれてあるが、イタリアの聖歌集は歌詞のみ。歌詞を見ただけでは曲を思い出せない曲もたくさんある。どっちが良いのでしょうね?笑

ということで、今週はyoutubeを見て各自勉強となった。
歌うことは祈ること。歌を通した祈りは、宗教を超え、直接人々の心に響く。連帯感が人とのつながり、そして支え合っているという意識に発展すれば、よりよい人生として、意味を与えてくれるのではないだろうか?

Per crucem et passionem tuam
Libera nos Domine, libera nos Domine, libera nos Domine, Domine

Per crucem et passionem tuam
Libera nos Domine, libera nos Domine, libera nos Domine, Domine

Per sanctam resurrectionem tuam
Libera nos Domine, libera nos Domine, libera nos Domine, Domine

あなたの十字架とご受難を通じ、神よ、私達をお救いください。
あなたの十字架とご受難を通じ、神よ、私達をお救いください。
あなたの神聖なる復活を通じ, 神よ、私達をお救いください。