パパ様ツイッター 〜 2月その② | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで32年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。




2月16日
A pregare si impara, come impariamo a camminare, a parlare, ad ascoltare. Dimmi come preghi e ti dirò come vivi.
祈ることは、どのように歩むか、話すか、聴くかを学ぶことです。どのように祈るか言ってみれば、生き方を教えてくれることでしょう。

La nostra prima chiamata è imparare a dire "Padre nostro": Padre nostro, non lasciarci cadere nella tentazione della rassegnazione.
私たちの最初の召命は、『主の祈り』をどのように祈るかを学ぶことです。御父よ、諦めの誘惑を退けるために、私たちを助けて下さい。

In Gesù ho incontrato Colui che è capace di accendere il meglio di me stesso.
イエスにおいて自分を最良の部分を引き出せる方に出会うのです。


2月17日
Mi avete chiesto una parola di speranza: quella che ho da darvi si chiama Gesù Cristo.
あなたが求める希望の言葉は一つです。それは「イエス•キリスト」です。

Gesù mai ci inviterebbe ad essere sicari, ma ci chiama discepoli. Egli mai ci manderebbe a morire, ma tutto in Lui è invito alla vita.
イエスは私たちに暗殺者になれとは決して求められません。主は私たちを弟子として召し出されます。死に送りだすことは決してありません。主は私たちを命へと招いておられるのです。

Giubileo della misericordia di Gesù abbraccia tutti e in tutti gli angoli della terra: apri il tuo cuore!
イエスの慈しみの聖年は全ての人を、そして地球上の隅々の人を抱きます。心を開きましょう。

Cari carcerati, avete sperimentato grandi dolori, potete diventare profeti di una società che non generi più violenza ed esclusione.
親愛なる受刑者の方々へ あなた方は大きな痛みを経験されました。今後暴力や除外のない社会の預言者になることができるでしょう。

Tutti noi dobbiamo lottare per far sì che il lavoro sia un’istanza di umanizzazione e di futuro.
すべての私たちは、仕事は人間らしさと未来のための切望として戦わなければなりません。

Il guadagno e il capitale non sono beni al di sopra dell’uomo, ma sono al servizio del bene comune.
収入と資本は人間にとって良いものではなりませんが、共通善のサービスであります。


Non dimenticate che la misericordia di Dio è nostro scudo e nostra fortezza contro l'ingiustizia, il degrado e l'oppressione.
神の慈しみが、不正や退廃は抑圧に対する、盾であり強さであることを忘れないでください。


Sono le lacrime che possono generare una rottura capace di aprirci alla conversione.
回心に心を開くことができる打ち壊す力を生じさせるものは涙です。


Mi sono sentito accolto, ricevuto con affetto e speranza dai fratelli messicani: grazie per aver aperto le porte della vostra vita
メキシコ人の兄弟たちの暖かさと希望を感じ受け取ることができました。人生の扉を開けたことに感謝しましょう。


Grazie al Messico e a tutti i messicani. Il Signore e la Vergine di Guadalupe ci accompagnino sempre.
メキシコ、そしてメキシコ人の皆さんありがとう。主とグアルダルーペの聖母がいつも寄り添ってくださるでしょう。

PapaFrancesco‎‎‎‎‎‎‎‏@Pontifex_it  

 

    ~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・
 
メキシコ司牧訪問から戻られたパパ様。

メキシコ滞在の中心行事としてグアルダルーペの聖母巡礼聖堂への訪問があったが、そこでは、暴力や、拉致、殺害などに苦しむ人々の心を受け止める聖母の眼差しを観想されたと仰る。

また、一般謁見でも、「いつくしみと権力」についてお話しされた。聖書には、常に権力者の横暴な話が出てくる。そこで思い出すのが「しもべとして仕える」ものの人の例え。謙遜への招きである。

旧約のモーセは「神のしもべ」と言われていたが、使徒パウロも自分のことを機会があればいつでも「キリスト•イエスのしもべ」と自己紹介していた。私たち信徒は、自分に自信をもって、「イエスのしもべ」であると言えるだろうか?

 ところで、先日2月25日にパパ様の子供たちへの書簡が本となって出版された。イタリア語版タイトルは、”L’amore prima del mondo" (天地より先に愛~教皇フランチェスコの子供たちへの手紙)というもの。6歳から13歳までの全世界の子供たち30通の手紙に対する心と心の対話であり、一つひとつの問いにやさしい言葉で誠実に答えていらっしゃるという。     https://www.youtube.com/watch?v=0fPkm9K6VUg

 聖ヨハネ•パウロ2世も94年に子どもたちに当てた手紙と、2000年にローマに集まった子どもたちに語りかけた言葉として、「子どもたちへの手紙」という本を出版されていらっしゃる。聖ヨハネ•パウロ2世も、子どもたちに、深い愛情と友情を示された教皇であったのは、まだ記憶に新しい。パパ様の本を手にする子どもたちが、「平和を実現する人」となりますように。