夫婦のかたち | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで32年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。



毎年1月の最終日曜日は、ミラノのアンブロジアーノ典礼では「聖家族」が祝われ、それに先立ち、その1週間前の今日、毎年我がパロッキアでは結婚記念ミサが行われた。

結婚記念10周年、15周年、20周年...のカップルがお御堂の最前列に招待され、ミサの中で祝福された。彼らの中に、聖歌隊のメンバーが3カップルも含まれていた。私の両親が昨年結婚50周年を迎えた。長かったね。結婚の秘訣は?と聞くと、あっという間にやってきた、ということで特に秘密も秘訣もないらしい。苦笑

しかし考えてみたら、私もこの3月結婚20周年、教会の秘蹟としては10周年を迎える。10年前に記念に琥珀の指輪を作ったがほとんどつけておらず。苦笑 今年はどうするかなあ...きっと夫も覚えていないだろう。まっいいわ、無事に過ごせれば。

結婚はただただ「勇気」と「忍耐」だと思う。この人ならば、と思い結婚したのに、なんなんだろうな...と思うことが多い今日のこの頃。金婚式なんてまだこの倍以上。空手とゴスペルで発散して、祈りで心を落ちつかさせ...そうでないと壊れそうになることも多い日々。

毎週、ある老人ホームにおられるシスターを訪問しているが、前回おしゃべりをしていた際、「あなたがたのご両親はよく娘さんが結婚して海外に行くといった時、手放しましたよね。偉いですね。」と仰った。そうなのだろうか?と思った。どんな相手であろうと、娘が選んだ相手だからそれを信頼するしかないと思ったと思う。だから、何があっても愚痴は言えませんよね、と言いつつ、ああしょっちゅう愚痴ってるわ、と内心思う。苦笑

また、今日偶然にも空手の師範が、「夫婦」について面白い意見を書かれていた。
双方がお互いの良さを引き出す関係、これが夫婦のいいところ
やはり、年数ととも夫婦関係も多かれ少なかれ変化していくのが当たり前。ただ、それが年を重ねるごとに劣化して異臭を放ったり、カビだらけになるか、上質のワインやチーズのように年を重ねるごとに円熟実を増していくかは夫婦の関わり方による。...

忘れていたことだなあ、と思う。

特に今、あと一息の子育てではあるが、精神的、また経済的苦痛、成長痛が大きい。それは、経済的なものは夫に任せるとはいえ、それ以外の苦労を母親一人で背負うものではないだろう。家族全体でゆるし合わないと支えあえないものがある。

ところで、午後から友人のイタリア人一家の家に招かれ出かけてきた。年に数回一緒に食事をする仲間だ。2年前に同席した夫妻も来るはずだったが、奥さんが寝込み、ご主人のみの参加。1時半過ぎから食事が始まり、気づいたら6時半くらいまで食べて飲んで喋り込んでしまった。特に、イタリア人にトランプの「7並べ」を教えて盛り上がった。なぜか夫が思うように上がれないと、「妻が邪魔しているようだ」という。そこまで、性格悪くないわ!

そういえば、昨年、パパ様は家庭をテーマとするカテケーシスで「家庭生活をよりよくするための3つの言葉」として、「permesso? (~してもいいですか?) grazie(ありがとう) scusa(ごめんなさい)」を取り上げられていらした。

簡単な言葉なのに、なかなか出せない言葉だ。長女は一人暮らしをするようになり、その言葉がでるようになった。彼女の方が成長しているということか。最近読んだ、死生学の本の中で、日本人は普段から家族間のコミュニケーションができておらず、家族が亡くなっとき、大声で泣いて、相手に対し、泣いて詫びたり、悲嘆にくれ、長いこと、罪の意識で自分を責め続けるケースもあるようだと知った。「グリーフの予防医学」は考えさせられる問題だ。

夫婦は運命共同体。結婚は覚悟が必要だ。
妻の事情は夫の事情であり、夫の事情は妻の事情...やっぱり勇気と忍耐だあ!

http://ameblo.jp/sofiamilano/entry-11978969872.html