ミラノ再発見ツアー 〜  San Fedele | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで32年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

 
今朝、北イタリア日本人会主催の「ミラノ再発見ツアー」に参加してきた。1, 2年に一度参加しているだろうか?
 
今回はミラノの中心地にあるサン•フェデーレ教会で一般公開されている1500年代様式の新しいスペースを見学。そこには1900年代のルチオ•フォンターナやヤニス•クネリス, ミンモ•パラディーゾ、デビッド•シンプソンといった重要なアーチストの作品も置かれており、古典アートと現代アートを一度に鑑賞でき、1度に何度も美味しいツアーであった!
 
まず、サン•フェデーレ教会といえば、イエズス会の教会で、ミラノ大司教区のカルロ•ボロメオ大司教によってペレグリーノ•ティバルディ氏に設計を依頼、1569年に着工。ミラノを代表する詩人アレッサンドロ•マンゾーニ氏も通っていたということで、教会前の広場には彼の銅像も設置されている。
 
 

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この時代、イエズス会といって思い出すのは、イエズス会員•司祭であり当時イエズス会東インド管区の巡察師として活躍しておられたヴァリニャーノ神父の発案により九州のキリシタン大名、大友宗麟、大村純忠、有馬晴信の名代として4名の少年がローマへ派遣された天正遺欧使節団。(1582年-天正10年)
 
当時13-14歳くらいであっただろうと言われる、伊東マンショ、千々石ミゲル、中浦ジュリアン、原マルティノが派遣され、1585年3月にヴァチカンで当時の教皇であったグレゴリオ13世との謁見後、5月にミラノも訪問しており、きっとこのサン•フェデーレ教会も巡礼したのだろう、とサンフェデーレの前を通るたびに想像してしまう。
 

image   ← こちらはお御堂天井にあるイエズス会の紋章。ギリシャ語のIesus Hominum Salvator (イエズス オミヌム サルヴァトー:「人類の救い主イエス」)の頭文字をとったもの。Hの上にあるバンビーノ•ジェズーがある紋章は、サンフェデーレのものだという。
 

 

 

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話はもとい、サンフェデーレ教会の建築様式、トレントの公会議から始まり、イエズス会が創立された時代の背景などなどが説明された。数年前に学んだ教会史がやっと役にたち興味深く聞けた。会の活動は、宣教、教育、社会正義など広範囲にわたるが、特に教育に関しては高等教育を目指し、当時から美術や音楽を重視し、芸術を通し人間は神と出会えるというカトリック教会の伝統的思想に従い、イエズス会では儀式や装飾の利用が奨励されてきたようだ。
 

image 祭壇には、20世紀のイタリアのアーチスト, ルチオ•フォンターナの「主の昇天」。傍にいる天使が支える支柱が傾いているのは、当時の傾向らしい。

正面祭壇裏にある司祭たちが座る椅子(これは、スカラ座が劇場になる前にあったスカラ教会から運び出されたもの)の上には、デビッド•シンプソンの抽象画が3枚。
 

image 左から金色は「父」(天の父、つまり神)を示し、真ん中の赤は「子」、つまりイエス、血と愛を示す。少ししか写っていないが右側の青は、「聖霊」を示すという。「父と子と聖霊の御名によって」といって十字を切るが、この3つはカトリックにとって大切なものであるため「3」という数字は大切とされている。

また、場所にそぐわぬカラフルな絵というか模様をあちこちで見かけた。Nicola De Mariaというまだ健在のアーチストで、ヴェネチアのビエンナーレにも出展している新表現主義、トランスアバンギャルドなアーチスト。http://www.artnet.com/artists/nicola-de-maria/
なんと斬新であろうか! 続く...
 

 

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