熱い子育て | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで32年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。



長女が5歳になる春にローマからミラノに引っ越してきた。

前々から興味のあるモンテッソーリ教育の幼稚園に空き状況を聞きに行くと、すでに学年末にさしかかるので9月に最終学年から受け入れてもらえる事を約束してもらった。

その1年後。小学校入学直後、1,2週間後、スコーラナトウーラと呼ばれるいわゆる林間学校へ5泊6日で出かけた。まだまだ携帯電話も普及され始めた時期で、まだまだ巷にはカードでかける公衆電話がたくさんあった時代だ。

1学年1クラスという小さな学校。幼稚園から持ち上がりとはいえ知り合いは3分の1しかおらず、イタリア語も今一つの時期だったから、不安だったにちがいない。ある朝、私が学校の近くのバールにいた時だから、すでに長男がまだ3歳に満たなかったにもかかわらず幼稚園生活が始まっていたのかもしれない。朝からバールにいると旅行中の長女から電話が入った。半分ホームシックになっている長女を想像していたら「ママ~、ここは楽しくって帰りたくなーい。」と言われ、嬉しいやら悲しいやら、私自身が泣き出してしまったことがある。一緒にいたママ友は、いきなり携帯電話に入った電話で私が泣き出したもんだから、もしや日本の両親に何かあったのでは?と思ったらしいが、理由を話して大笑い。けれど、仲の良い日本人のママ友に、この話をしたら「わかる、わかるわ~。子育て一生懸命だから嬉しいし、悲しいのよね。」と一緒に泣いてくれた。今でもこの時のことは、思い出しては笑い話になっている。

ところで今日、全く趣旨がわかっていなかったのだが、itamaの代表者Sが何かのテレビ番組に選ばれ、母親としてのライフスタイルを紹介する番組の取材を受けることになり、一緒にお茶をしている風景として理事会のメンバーも呼ばれた。なんでもいいから普通にお茶を飲みながらおしゃべりしていて!と言われた。

好き勝手に話している割りに、複数の人間がダブって話さないように。特定の名前や話題を出して話さないように。...とたびたび話している最中に止められた。

Iamaの代表者は4人の母親。仕事もしているし、大きな犬と猫が2匹いる。Itamaの少なくとも創設のメンバーは決して有閑マダムの団体ではなく、複数の子育てをしながら、仕事をしていたり、複数のボランティアなり活動をしているパワフルな40歳代後半の女性のグループだ。しかもメンバーの子供達は、これまた決して優等生ではなく、皆留年経験もあり、道が逸れるものあり、メンバーもそれなりに子育てに苦労をしている。私自身もそうなので、ある意味それが救いというか、度々メンバーに勇気付けられている。

話はもとい、テレビの取材では、itamaについて話すのか?と思っていたら、Sの長女(22歳)がこれからスペインに留学するので、例えば子供が家を出ている、とかこれから出て行くことに関しての意見を述べあって欲しいとディレクターから指示された。メンバー6人の中で、すでに家を出た子供がいるのは、私だけ。どうやってアパートを見つけた?生活の方はどう?やっぱり心配?そんな話題になった。

長女は、ボローニャ出発までにアパートを見つけられず、友人宅に居候しながら、自分でアパートを探し契約をした。けれど、先日のクリスマスまでの間に違うアパートに引っ越していたことを最近知った。もちろん夫はそれを知っていた。支払い云々、それは夫とのやりとりがあるからだ。「T子はそれを知らなかったの?ご主人は話してくれたなかったの?」イタリア人だったらそれは離婚ものよ!と皆に言われた。だって、契約やら支払いは私の役目じゃないもの。たとえ長女が私に連絡してきたところで、「パパと話して!」と話を回すだけだと思う、と話した。へ...イタリア人の友達は皆驚いたようだ。しかも、子供のところに尋ねていかない私を皆不思議がる。心配じゃないの?家を見てみたいと思わないの?...だって、行ったところで、そこに泊まれるわけでないし、こちらにはこちらの生活がある。なんとかやっているだろう、という信頼もあるから、ある程度、誰と一緒?くらい分かればいいと思っていたが、甘いだろうか?

彼氏もミラノからボローニャ大学に入学したが、一緒には暮らしてはいない。はじめ、それだけが心配だったが、「ママ、私まだ19歳だよ。私の人生があるんだよ。」と言われ、それだけで安心した。彼氏にのめり込むような単純尻軽女にはなってもらいたくない。目的はあくまでも勉学だ。

itamaのメンバーとの話の中で、親元を離れるメリットは?と聞かれたので、親元を離れることで、逆に人に感謝できる人間になれるということ、と答えた。少なくとも、長女は中学2,3年から反抗というかいわゆる思春期が始まり、高校時代は、悪夢そのものだった。何を言っても私のせい。もう心を針で刺されるようだった。それが、わずか数ヶ月で笑顔も増え、「ありがとう。」「ごめんね。」と言えるようになったのだから、ただただ奇跡というか感謝である。

そういう話をしつつ、でも今長男がひどくね...と話していたら、急に目頭に涙がたまり始めどうしようもなくなった。一同が 「passerà...」そのうち、通りすぎるわよ、と言った。そうだろう。終わりのない思春期などないのは、わかっているが、このわけわからない時期、たびたび胸が苦しくなる。そして長女のことを話していたら、同時に喜びと何か胸につかえる重しがどんと出てしまった。嫌よね...思春期。もう一人待機しているのかと思うと、たまったもんじゃない。

けれど、確かに終わりのない思春期などあるはずない。とはいえ、世界で一番価値ある仕事をやっている、と自分に言い聞かせ、自分の子育てに誇りと自信を持つしかないだろう。

ああ、熱い子育て。介入してこない夫にはわからないだろう。腹がたつが、この醍醐味を独り占めするしかない。涙。