今週の1冊 ③ 〜 虔十公園林 | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで33年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

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(虔十公園林/宮沢賢治•  画 太田大八 くもん出版)

この本を読んで、軽いショックを受けた。

主人公は軽度の知的障害を持つ虔十(けんじゅう)。いつも笑っていて、周りの子供達から馬鹿者呼ばわりされている。彼のはじめてのわがままということで、家の裏に700本もの杉を植えるのだ。それこそ寝食を忘れるほど一生懸命杉育てに打ち込むが、隣の畑の持ち主に嫌がらせをされる...。

しかし、ストーリーの中で、時代的にも流行っていたのかもしれないが、嫌がらせをした人間も虔十もチフスであっけなく亡くなってしまう。えっそうなの?あまりにもあっけない。それでもストーリーは続く...。

宮沢賢治の作品は、読み続けて改めて、彼の感受性の鋭さと、農業を学んだという専門知識に加え科学的なものの見方、また彼が信仰していたという法華経の思想が混じり合っているのが分かる。こういった多面性が融け合い、一体となって、現代人が見失いかけている自然との交感力が”イーハトーブ”と呼ばれる彼の心象世界の理想郷を作り出しているのだろうか?

虔十が亡くなった20年もの後、アメリカで大学教授をされている若い博士が里帰りをし、この林を見て、こうつぶやく。

あゝ全くたれがかしこく たれが賢くないかはわかりません。
たゞどこまでも 十力の作用は不思議です。

賢治の生まれ育った岩手県花巻市内には彼の言葉の石碑があちこちにある。上記碑は花巻市立桜台小学校に寄贈されている。

「十力」とは、不思議な十の力を具えている仏様のを指す仏教用語だという。知的障害のある虔十がもつ純粋な生き方に尊い仏様の不思議な力の働きを語っているようだ。本当のかしこいかどうか、つまり「知恵」とはなんだろう?

ちょうど今、現代のエリート教育、いわゆるすぐに出る良い結果や目に見えるものばかりに集中しすぎて、なにか内面的なものを見失っているのではないか?そういうことに疑問を抱いていたので、この本を読んで改めて、何かを超越した側面を備えた人間の十全的価値をどう引き出すか?人間的価値に重きを置いて教えるべきだろうと思った。

また、この本を読んで思い出したのが、同著者の「雨ニモマケズ」だ。

雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチ
慾ハナク
決シテ瞋ラズ
イツモシヅカニワラッテヰル
...

ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイフモノニ
ワタシハナリタイ



虔十に思いをこめて書いた賢治。そして彼の人間性。
彼の思いを忘れずに生きられるような人間でありたいものだ。

サウイフモノニワタシモナリタイ



朗読  虔十公園林