先週、在ミラノ補習授業校のH先生が突然お亡くなりになられた。享年51歳。心臓麻痺だったと言う。
いつも明るく元気なベテラン先生。それはあまりにも突然で、早すぎた。
国語のみならずヴェネチア大学やミラノ大学でも日本語を教えておられ、大学で日本語を学んでいるというイタリア人に出会い、先生誰?と聞くと彼女の名を聞く事が多かった。
長女も中3の時に、H先生が担任をされ、先生の励ましによって数年後、日本語能力試験を受験したし、私にも試験官やってみる?と声をかけてくださった。昨年度の試験会場では、昼食後一緒にコーヒーを一緒に立ち飲みしたんだわ。本当は今年は、同じ教室を受け持つはずだったのに...
いつも明るく元気なベテラン先生。それはあまりにも突然で、早すぎた。
国語のみならずヴェネチア大学やミラノ大学でも日本語を教えておられ、大学で日本語を学んでいるというイタリア人に出会い、先生誰?と聞くと彼女の名を聞く事が多かった。
長女も中3の時に、H先生が担任をされ、先生の励ましによって数年後、日本語能力試験を受験したし、私にも試験官やってみる?と声をかけてくださった。昨年度の試験会場では、昼食後一緒にコーヒーを一緒に立ち飲みしたんだわ。本当は今年は、同じ教室を受け持つはずだったのに...
ところで、先日の補習校では、先生のご両親が来伊されており、追悼式に出席された。前夜、急遽高等部の学生に、追悼文をコンピューターで書いても良いので、考えてきてください、という連絡が入り、長男に手伝わされた。ここ数年、先生が書かれた文集を読み返し、どれが自分に、どう呼びかけてきている?ヒントを与えながら、自分の言葉で書かせた。補習校の当日、原稿用紙に手書きをして提出したそうだ。
先生と大学の同僚でもあり、良き友人でもあったというゴスペル仲間が「彼女は、頑張り屋さんだったし、どこにいても、誰にでも愛されている人だったんだよね。それをご両親が垣間見られることは、せめてもの救いだよね。」と言っていた。確かにそうだなあ、と思う。惜しまられる人生、そして毎日、全てをさし出せる生活は理想だ。
愛する人との別離の苦しみを「愛別離苦(あいべつりく)」という。特に死に別れほど、切なく、悲しいことはない。数知れぬ人たちの死の上に、今の世界があり、今の自分がある。そう思うと、いい加減な生き方はできない。
愛する人との別離の苦しみを「愛別離苦(あいべつりく)」という。特に死に別れほど、切なく、悲しいことはない。数知れぬ人たちの死の上に、今の世界があり、今の自分がある。そう思うと、いい加減な生き方はできない。
突然ではあったが、H先生の、人間性、信念が、希望として受け継いで行かれれば素敵だと思う。ご冥福をお祈りします。
🎶古いアルバムめくり ありがとうってつぶやいた
いつもいつも胸の中 励ましてくれる人よ
晴れ渡る日も 雨の日も 浮かぶあの笑顔
想い出遠くあせても
おもかげ探して よみがえる日は 涙そうそう(by森山良子)
