回遊魚のキャパシティ | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで32年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。



9月もいよいよ最終週に入る。

ちょっと前まで「ミラノに戻りたくない症候群」で憂鬱な毎日を送っていたとは信じられない。まあ別の憂鬱を抱えているのは確かだが。

自分の活動も徐々に始まり、時間も能力もフルに活用する日々。いや、こんなに忙しかったっけ? 止まることのない回遊魚のような生活になってしまった。

毎年、あれもこれもは良くないから、何かを削らなきゃ...と思いつつ、どれかを捨てれば何か別の物事が入ってくる。地元教会では知らないうちに、役員選挙に名前が入っており、吹っ飛びそうになった。どうしてもできない、無理と断ったら、今度はオラトリオの手伝いをやらないか?と言われた。午後は時間がないから、といったのに、結局相手のペースに乗せられ気づいたら週1で通っていた。は~。オラトリオのおばちゃんでボール出ししたり、バールでアイスやらおやつや水などを売ったり、なぜか子供達の家の鍵の管理を任されたり、携帯電話の見張り番。トイレが汚きゃ掃除もし、何でも屋なのだ。そして、空手も週2の稽古が気づいたら、もう今月は週4でフルに通ってる。多分、日数を減らすと体調悪くなるんだわ、それが。

聖書研究だ、ボランティアだ、聖歌隊だ、といろいろあるけれど、毎日受けるものがあれば、出すものもあってバランスが取れる。

止まるな進め。マグロやサバ、サンマたちと一緒。回遊魚は止まると死んでしまうか、他の魚の餌食になっちゃう。そんなキャパも毎年更新されるから、自分でも限界に挑戦か?と思ってしまう。爆

が、いよいよ自分の限界はわきまえないといけないな。何が大切か大切ではないか、識別する目が必要だ。真実に基づいて、できないものは「ノー」と言いたい。今までは罪悪感を感じていたが、あれもこれもと抱えて、どれをも中途半端にする方が良くない。自分を守る知恵を持つこと。長く生きるため、生活するために、知恵、懸命さ、柔和さは必要だろう。

さすがに、アラフィフ以上になると1日をどう生きたか、その積み重ねの中に結果が出てくる。選び方は咲かせ方。ポジティブなエネルギーを活かしていこう。自分に与えられた使命を悟って、毎日の生活を培っていけますように。