そうだ、深川へ行こう | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで32年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

今回の日本滞在も残すところあとわずかとなって来た。

「何処か行こうよ」と子供たち。ショッピングセンターに出掛けるのももう飽きた。鎌倉は去年行ってるし、浅草は先週長女が行ってるし、じゃあ横浜の中華街にでも行く?という話になった。

が、そうだ、深川へ行こう‼︎ 長女も長男も行ったことない、もんじゃ焼きも未経験...。母も一緒に5人で出かけた。

深川は、昔、海に多くの浮島や小島が散在していたそうだが、江戸慶長年間に深川八郎右衛門が現在の森下町に本拠をおいて、深川開発が始め、小名木川、源森川の整備が進められ、寺院の移転建立や一般庶民の移住によって江戸文化に花を咲かせたという。

慎ましく生活をしながら、花見や宴会、旅も楽しんだ江戸時代の庶民たち。タイムマシンでワープできるなら是非行って生きてみたい時代だ。(ドラえもんかい?!笑)

まず始めに行った、深川のお不動さんと呼ばれている成田山 東京別院 深川不動堂。
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江戸時代のはじめ、歌舞伎役者の市川団十郎が不動明王が登場する芝居を打ったことなどにより、成田山の不動明王を拝観したいという気運が江戸っ子たちのあいだで高まったそうだ。これを受けて、元禄16年(1703年)、1回目の成田不動の「出開帳」(現代風にいえば「秘仏特別公開」)が鶴岡八幡宮の別当・永代寺で開かれた。これが深川不動堂の始まりだという。

お不動さんにつながる仲見世通りは、和菓子,甘味処、たい焼き、煎餅、漬物、佃煮、元酒屋などなど面白いお店でいっぱい。 

がお参りに行ってくる!といって本堂のほうへ出かけたので、私も行こうかな?というと、長女に「ママ、何考えてるの?神様裏切るわけ?」と言われ、大笑い。笑ったといえば、そこから富岡八幡宮へ行く近道は・・・?!といって地図をみていると、「ねえ、ママ。ここにたくさんナチスのアジトがあるよ。」と次男。お寺のマーク(卍)とナチスのマークがごっちゃになったらしい。ちなみに、お寺が左回りで、ナチスが右回り。


そして、お不動さんにはそぐわない看板を発見!

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世界のソムリエ! 国際ソムリエ協会会長、田崎真也氏の講演会の案内だった。
面白そうだなあ。


そのあと、一度大通りに戻り、もんじゃ焼き探し...

けれど、先週深川のお祭りがあったので、今週になってお休みをしているところもちらほら。または夜だけの営業なのか?見つけられず。汚い暖簾のお蕎麦屋さんを発見。そこで、深川丼を頂いた。

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深川めし、深川丼は、アサリ、ハマグリ、アオヤギなどの貝類とネギなどの野菜などを煮込んだ汁物をご飯にかけたり、炊き込んだものをいう。いわゆるアサリ飯。古くは、アサリではなく、江戸の深川近辺で大量にとれたアオヤギを用いていたそうだ。

続く...