高校野球100年 | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで32年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。


毎年この帰国の時期、実家にいると一日中TVの「高校野球」がついている。

長男が一時期野球をやっており、高校は日本に一時帰国し、野球をしたい!とびっくり発言をし腰が抜けそうになったことがある。地元で野球が強いのは、桐蔭学園か桐光学園。スポーツも学力も優秀な学校だ。けれど、長男がいくらやる気があっても、実力や学力ではなく、ただ単に経済的に学校に協力するようじゃ意味ないんじゃない?ときつい冗談をいったことがある。

さて、100年前の1915年、大阪府豊中市で「第1回全国中等学校優勝野球大会」(現・全国高等学校野球選手権大会)が華々しく開催され、今年で100周年を迎えた。

とはいえ、戦争で4年中断しており、実際には97回大会である。戦火に倒れた元選手も多くいたとして、「終戦の日」を挟んで平和を祈る季節に重なる意義は非常に深いものがある。

ところで先日、10数年前ミラノで子供の読み聞かせ教室を通じ一緒につるんでいたメンバーと合流した。子供たちも皆高校生や大学生になり、いちいち親にくっついて来なくなった。

子供たちの話が中心だったが、特にスポーツをやっている人の母親はステージママよろしく、皆どこでも張り切っているらしい。 少なくとも、当時のメンバーは子供が補欠で試合に参加しなくても、どこでもついていくし、毎回勝っても負けても号泣してしまう、という子供にとっては絶対来てほしくない系の母親。(爆) 私も似たり寄ったりか?子供に野次は飛ばさないでね、とよく言われたものだ。

そういう話を聞いた後の、甲子園のせいか、今年はどうも「母親」側の目で、どこが勝とうとも頑張る選手たち全員にエールを送ってしまう。

今日は東北対決で花巻東x仙台育英戦があった。父の母校ではないが、花巻出身なので、いつも見ている応援している学校だった。しかも、この高校の監督がちょっとイケメンで気になっていた。(さすがに、今年はあ~おっちゃんになってきたなあ、と感じたが。自分のことはさておき...) そして、花巻東には、幼いころに父親を亡くし、また2011年の東北大震災で母親を亡くして、親類のところに身をよせていた仙田京平選手がいた。

選抜ではなく、一般で入試を経て野球部へ入部。親類の元を離れ、野球に打ち込んでいたが、試合直前にけが。それでもなんとか困難を乗り越えて、ベスト8をかけていたが、惜しくも3対4で負け。けれど、「自分たちの野球はできた。悔いはない。」というコメントをネットで読んで、胸がぐっと来た。母に捧げる試合であったことだろう。

一試合ごとにドラマがある。涙も笑顔も美しい。

いよいよ明日は準々決勝。8強に4校が関東勢だ。なんといっても、ここ神奈川県の東海大相模も出る。

暑い夏。高校野球があってこそ暑くなる!




高校野球100年ものがたり
http://www1.nhk.or.jp/sports/koukouyakyu100/