今日8月15日はカトリックの「聖母被昇天」の祝日であり「終戦記念日」でもある。
太平洋戦争が終わり70年を迎えた。戦時中、人々は戦火や空爆の中を逃げ回り、大切な家族や生活をすべて失ったわけだが、終戦を迎え、安堵しつつ、不安や悲しみで途方に暮れてしまった人がほとんどだったのではないだろうか。
誰もが、戦争はもうこりごりだ、と思っているはず。平和を求めている。ただ、その方法や解釈が人それぞれで、そのたびに議論となる。
今日は地元の教会に出向いたが、主任司祭は錬成会参加のため、不在。代わりに、近所にある聖マリアンナ医科大学の人文・社会科学の宗教の教授でおられる小田武彦神父のごミサにあずかることができた。
終戦記念日でもあるわけだから、憲法9条や安保法案に関する話もでるだろうか?と思ったが、案の定触れた。なぜ教会が政治に触れるのか?という記事投稿を読んだことがある。やはり、教会は人間の命と尊厳に関する問題に沈黙できないものだ。
閑話休題。
「聖母被昇天」とは、「おとめ聖マリアが生涯の最後に、体も魂も共に(存在のすべてが、という意味)天の栄光に上げられた」という教え。けれど、聖書にはイエスの母マリアの生涯の終わりについての記録はない。
そして、今日の第2朗読は、「マリアの賛歌」の部分。いわゆるLet it beの内容だ。
「私は主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように。」(ルカ1・38)
'let it be to me according to your word',
"'Avvenga di me quello che hai detto'” (Lc 1, 38).
'let it be to me according to your word',
"'Avvenga di me quello che hai detto'” (Lc 1, 38).
これは、大変な信仰心がなければ受け入れられないことであろう。日々の生活の中で、神様は私たちに、信仰心を育ててくださっている。幼児洗礼であろうが、洗礼1年だろうが、50年だろうが、いかに日々の生活の中で、神様と共に生きることを意識しているかが重要だろう。
昨日安倍首相の戦後70周年談話が発表された。マスコミや人々の反応もさまざまであったが、とにかく武力行使、軍備増強による平和維持は断固反対。
どうかマリア様にならい、神への絶対的信頼に立ち返り、平和の実現へと行動を起こしていこう。
