100歳まで頑張ろう‼︎ | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで32年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

帰国中お邪魔する教会がある。
私が洗礼を受けるよりもずっと前に、実家近所のカトリック教会のHPを見て, メッセージを送ったことがきっかけで, HP作成メンバーの打ち合わせに合流させていただき, またそのうち一人の方(Sさん)が, 私が彼女のお嬢さんの高校の後輩であったり, 毎年ミラノ経由(まだJalやスイスエアーがミラノに飛んでいた時代)でご旅行でスイスに行かれていたこともありミラノで合流することもあったりと、かれこれ16,7年のお付き合いだ。

数年前に, ミサに出かけると、ミサの時間も夏時間に変わっており、行ったらほぼ終了するところ...ということが数回あった。けれど1時間早く家を出るのはきつい。夏の帰国中1,2度 顔を出しても、後は、ミラノ外国宣教会(PIME)の神父様のいらっしゃる教会めぐりをするようになった。

今朝は、また空手の稽古に出るのならば、その後、どこのどの時間のミサにいけるか?調べてみたが、なかなかコネクションが良くない。それどころか、日曜日だと空手の道場に行くためのバスの本数さえぐっと減ってしまい、難しいと判断。イタリアだと、夏の日曜日のミサは本数が減るとは言え、それでも自分のパロッキアが無理ならば、違うところの違う時間帯へ行けばいいが、日本だと選択の余地がない。まあ初回は地元の教会へ行こう、と決定。バスの時刻表も改定されており、ちょうどミサにあう時間帯のバスがあった。

地元Y教会は, 東京、横浜、川﨑のベッドタウンとして人口も増加し、布教のためにも教会が必要となった69年に献堂式が挙行された。私もその直後あたりに川﨑に引っ越したので、年齢? 歴史的には変わらない。笑 

話は飛ぶが, 上記Sさんは, いつもミサの際、お御堂の最前列にいらっしゃる。今でこそ、髪の毛が真っ白になられたので, 後ろに座ってもすぐ彼女に気づく。ミサが終わって、帰る前に毎年ご挨拶しているが、今年も、いる!いる!と思い, ミサ終了後、お御堂入り口で彼女を待とうとしたら, 走ってやってこられた。聖体拝領の時, あなたを見かけたの。でも今日は絶対来るって思ってたのよ。時間ある? とおっしゃるので、少しなら...といって地下ホールでコーヒーが振舞われていたので、ご一緒することにした。

すると、ちょっとあなたがイタリアから来たといったら, 話したいって言う人がいるんだけれどいい? といわれたので, どうぞ、どうぞ。というと、杖をつかれた紳士が現れた。

「Buon giorno! come sta? シニョーラ、シニョリーナ???」とイタリア語でいきなり聞いてきた。語学に長けた弁護士なのよ, とSさん。なんと91歳だという。それにしてもイタリアでは、いまだシニョリーナ(未婚の女性に対していう総称。まっ半分はゴマすりでしょうが!)と呼ばれいい気になっている私。本来、シニョーラといわれれば、英語のMrs.であって名字を言うべきだが、ついついイタリア式に下の名前で、「T子です。」といってしまう。「オー、日本語上手ですね!」といわれ、何年イタリアに住んでいるか? という質問に22年です, とイタリア語で答えると、またまた「オー!!」と大きなリアクション。爆


その後は、しばらくは日本語で歓談。
紳士は弁護士であり某大学の名誉教授ということだった。後からネットで検索してみたら、著書も多く、日本の刑法学者ということでびっくり!。 英語はもちろん、フランス語、スペイン語も堪能のようだ。これ、家の庭でとれた紫蘇なんだけど、元気の素。100歳まで元気に頑張って生きましょう!といってSさんと共に頂いた。 僕はこれから病院なの、というので、どこかお加減悪いのですか?というと、妻がね、4年も寝たきりで食べさせてあげないといけないんだよ。とおっしゃっていた。教会はね、女性が盛り上げていかないとだめだよ!じゃあね、Grazie! Arrivederci! といって立ち去られていかれた。思わず奥様と教授の健康を祈らずにはいられなかった。

帰りがけにSさん同様、 Y教会の発展に努力を惜しまないでおられるKさんにお会いした。やはり、16,7年前にHP作成スタッフの集まりでお会いした方だ。教会からは毎月月報が送られてくるが、大分昔、Kさんがどのような心境で洗礼にいたったか綴られていた特集は今でも印刷して持っている。神に対する心の葛藤があった私が、「洗礼」というある意味一線を越えられたのは、(とはいえ、はじめの一歩であって決してゴールではない)今でもKさんの告白のお陰だと思っている。

ねー11月の広報に「ミラノ便り」書いてくれないかしら?ミラノの生活とか教会情報など....。思わず「喜んで!」と答えてしまっていた。笑 その後、主任司祭に会い、秋の広報、彼女が「ミラノ便り」書いてくれることになりました。と報告される。あらまー1分とたたないうちに、交渉成立。爆

人のつながりって面白い。
良い人とのつながりは, どんどんよい方向へ...

100歳まで頑張りましょう!

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