夏のオラトリオ、第4週目に入った。つまり最終週。夏休みに入ってすでに早くもそろそろ一ヶ月が経つのだ。早いもの。
次男は、小学校を卒業したものの、実質的には先週まで登校していた。6月分、安くはない月謝を払ったのだから、やはり通ってもらわないと勿体無い。ありがたいことに、午前中は夏休みの宿題をし、給食はあるし、午後は中庭で遊びだけ。オラトリオと全く内容は違うが、ゆるゆる気味でいいだろう。本来義務ではなかったが、この1年学んだイタリア語と歴史と、科学の要約に画像を付けて、2-3ページにまとめる中高の卒業試験に出るようなtesinaと呼ばれる論文もなんとか完成させ提出。義務でなくても、一応できる人は...というものは、なんでもやっていた方が、自分の力になるの!と喝を入れる。ちなみに、働いているお母さんのために学校は7月まで空いている。もちろん有料で、だ。
もう疲れたから僕は何もしたくない!というので、本来最終週のオラトリオに入れたかったが、どうしても嫌だというなら仕方ない。たしかに朝は8時半から9時半までの間に教会に入り、17時15分解散とはかなり1日が長い。けれど放っておけばだらけ放題。どうせだったら、宿題はしなくても、友達と遊び疲れてくれた方がいい。ゲームやTVは、依存症になる。明日はラボラトリオ、そして明後日は海。参加しないなんてもったいないなあ。私は海に行くよ。お兄ちゃん、お姉ちゃん達が家にいるかどうかは知らないからね!といっても、家にいる、という。ちっ。仕方ないか。申込用紙と払込は準備できていたが、泣く泣くあきらめた。
それにしても、今日のオラトリオはさすがに4週目で皆疲れが出てきていたのか、だれていた。食事は120名参加。うるさい。パスタはやたら床に落ちており、食べ終わると、紙くずやプラスチックのコップを投げ合う子供達。ちょっとやそっと怒っても聞きやしない。親の教育か?とも思うが、きっとうちの子達でも、周りに感化されればそうなってしまうだろう。集団とは恐ろしい。その中で、信仰というよりも、生きていくために人間が持つべき心を教えようとするのだから、忍耐無くしてやっていけない。
かといって、毎回食事の後片付けをするのだが、たまに「手伝います」とやってくる子供達が数人いる。思わず「何か罰として?それとも自分の意思で?」と聞いてしまう。そのほとんどが「自分で...」とか「何かお手伝いしたくって」と言ってくる。逆に罰でくる子達は、汚れたお皿を触っては、「スキーフォ!(気持ち悪い)」と言って、いきなり手を離すものだから、食べ残しやら汚れた紙ナプキンが、そこらへんに散り、余計に汚されるのだ。
宗教、国籍を問わず、子供達を預かっているが、人を小突いたりするのが早い子達、どんなに怒っても反省の色もない子達の傾向というのはある。きっと学校では問題児、として片付けられてしまうのだろう。我が家もそうだが、反抗期はなかなか直接親の話は聞こうとしない。それでも、神様と他人さまにも大切に思われているんだよ、ということを感じてもらわないといけない。難しい年頃だ。
最後の一週間、子供達に楽しい思い出ができますように。海と、最終日のフェスタにはなんとか次男を連れ出さなくっちゃ。
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