やる気スイッチ | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで33年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

昨日で補習校の一学期が終了し、長男、次男が通知表を持ち帰ってきた。

この3月まで長女も補習校の生徒だったが、通常私が通知表精読→夫へ手渡し→無言無反応による返却→私が保護者欄にコメント記入、学校へ提出というくだり。 父もそうだった。日本人家庭ってそんなもの?!

ところで、我が家の元天使•長男:「今回はなかなかの成績だよ」 私:    「ちょっと待った!これ何段階評価よ!アホ!10段階だから全部半部以下じゃん! ったく~!!この意欲•態度の評価は現地校だったらこれだけで留年ものだよ!先生にも失礼でしょっ!!」長男:「あれ、そうだったっけ。」中学までの評価がそこそこだっただけに、この落ちようはなんだ?!怒りを超えて情けなくって涙出てくる...。しかも、担任の所見として、「勉強した時としない時の差が激しい。ということは常にすれば常に良い、ということ...」あ〝~脱力。(彼の)年齢的なもの?

次男も毎回脱力通知表。親バカちゃんちゃらりんだが、彼らは決して頭が悪いわけじゃない。ただ、スイッチが入らないから、表面的にしか授業を受けておらず、身に入っていないのだ。親がとやかくいてスイッチが入るものではない。漢字は象形文字か?なんとなくこんな形?的にしか覚えておらず、読解問題も問題をよく読まず、ぱっと目に入った言葉だけで、答えてしまう。要は本を読まないからいけないんだろうなあ。

「音読はどうですか?」次男の担任に挨拶した際、尋ねられた。音読の練習はたまに聞こえてくる。回数を重ね、必ずうまくなってはいるものの、ちゃんと内容を理解しているのか?というと、毎回理解内容を聞いているわけでもない。でもそこまでべったりついて全部するべきなんだろうか?(学校には求められるけれど)

音読練習をしっかりすることは、言葉や文のきまりを覚えるのには、非常に役立ちそれが文章を書くために材料となることだろう。長男も語彙不足で作文は表現に抑えのない眠い文章になりがち!と非常に辛口評価。まっ確かにそうだと思う。それも、本を読まないからだよ!と言ってやった。要は、スイッチの「オフ」から「オン」へどう切り替えさせるかにもかかっているが、要領なんだろうか?もちろん、要領だけよくなってずる賢くなられても、それはそれで困る。

ところで、どの時代にも塾に行っていなくても頭は良く、一流と呼ばれる大学に進む人は結構いる。差はなんなのだろう?確かに、今までに折り紙を何百人と色々な国籍の子供達に教えてきているが、一発で飲み込む子もいれば、数回繰り返し要領を得る子もいれば、何度やってもわからない子もいる。T子~!まずは人に頼らず自分でやってみようよ。そうでないと覚えられないよ、というのだが、これが自分の子供になると、なんでわかんないの?と言葉の暴力やら槍が飛んでしまう。(反省)

そして、どんなに人が面白い、といった本を薦めても本人が読む気がなければ話にならず。だったら、教科書読もうよ。一応授業で読むんだし。何を言っても、うーん。とわかってるんだかどうか。

ところで、最近、面白い記事を読んだ。下手なハウツー本よりも教科書で教養が身につくというもの。http://toyokeizai.net/articles/-/74254

教科書って結構面白いのだけれど、それを逆に見出せないのも勿体無い気がする。そもそも、好奇心は、好きとか嫌いを超え、人間の知的活動の元となる情熱。知的好奇心を持っているのは、人間だけなのに。知的好奇心がくすぐられれば、子供達に「やる気」を起こさせ、育てることもできるだろう。

あとは、本人達のスイッチ次第。