次男帰宅 | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで32年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

次男がscuola naturaより帰宅した。すごく疲れた感じ。

実は、出発時、各家庭で子供にお小遣いをあげることが発覚した。過去に、長女5回、長男2回出かけ、次男もこれで2回目だが、特別お小遣いをもたせたことはなかった。

このscuola naturaは各家庭の収入によって、滞在費が異なる。①滞在費、②バス代、③その他諸雑費を3つの封筒に分けて支払うのが、今までのやり方で今年もそのやり方だった。今までの経験だと③のその他諸雑費の中に、子供たちがお土産として同じものを持ち帰っていた。高価なものはないが、そこそこにお土産になるものだった。

今回は3つの封筒に分けての支払いだったので、すっかり同じやり方だと思っていたら、おやつを食べたり、個人のお土産用にお小遣いが必要だと出発間際にわかった。その時の私の手持ちは5ユーロ札のみだった。まっちょっと少なめだけど、余計なお土産だったら買わないよう勧め、他人様にその場でお金をかりるのも煩わしいし、まっいいわ。と思った。けれど、30ユーロ渡した、という人もちらほらいて、多すぎない?そんなの過保護だわ!腹が立ちつつ後になってちょっと心配になったので、先月にやはりお子さんが、scuola naturaに出かけた友人に連絡をしたら、お小遣いが足りない、と担任に嫌味をいわれつつもお金を貸してくれた、という。次男の担任にお金をかりるのか...ちょっと気が重かった。常に一言多いか、人の目を見ない。小5で転入したこともあるけれど、以前からいる保護者の中には、親友のように仲のよい保護者も数人いるようで、そういうってどうよ!と思っていた。

...が帰宅した次男は、お小遣い全部使っちゃった。と一言。何買ったの?というと、バブルガム1個。他には?というと貝を2個と言う。手のひらに乗るくらいの綺麗な貝殻2個。一つ2ユーロだったと言う。他の子達はどうだったの?と言うと、おやつを買ったり、お土産をいろいろ買ってたと言う。

いっちゃあ悪いが、昨年はどうしようもない貝殻のお土産をクラス全員持ち帰ってきた。また、持ってきたらどうしよう?と思ったが、そういうのがなかっただけマシ。ただ、周りがいろいろと買い物していたのに、ちょっと可哀想なことしちゃったかな?といじらしく感じた。長女や長男だったら、勝手に友人にお金を借りてしまうし、長男に至っては、お金の感覚がかなりゆるい。けれど次男の場合、誰にも言えない、言うくらいなら余計なものは買わない、という性格である。

また一つ可哀想なことしちゃったかな?と思ったのは、皆親が担任に電話し、子供と話していたという。電話をかけなかったのは、私だけだというのだ。はあ。やはり過去の経験では、親から電話をすることは許されてなかった。あちらから1度だけ電話をすることを許されていたが、それだけだ。「感覚の違い」。何か問題があれば、保護者に電話してくるだろうが、便りがないのは元気な証拠。親からうちの子どうですか?っていうのはどうよ?どうも、私はイタリアのやり方を拒絶してしまう。それで、無関心な親。放任の親、と思われてしまうのなら、残念だが、それこそヘリコプター•モンスターみたいで嫌だわ。

Itamaのある友人は、息子3人皆高校生なのだが、毎週一人80ユーロずつお小遣いを渡しているという。月320ユーロx3人分。これまた、多すぎない?と思ったが、だって、そこから洋服や自分の必要なもの、好きなものを買っているんだから、適正価格じゃない?と言う。これまた「感覚の違い」だ。以前長女には、50ユーロ渡して、その中から定期券や電話代を払わせていた。残る金額を思うと、50ユーロはちょっと少ないかな?と思いつつ文句はなかった。今では、父親の仕事を手伝いお金をもらっている。それこそ、年齢的にも必要なことだろう。

長男には何もしていないが、少し、仕事なり何かをしてお金を得ることも学ぶべきだろうと思う。

私は、個人的には高校生以上はボランティア活動も必要だと思う。誰かに自分の一部、時間や犠牲にした何かを差し出す。自己中心的な考え方を捨てるべきだ。

次男にとって小学校生活最後のscuola natura。楽しかったなら良いけれど。

帰宅一番、何食べたい?と聞いたら、パスタ!といわれがくっと来た。苦笑


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