5月1日のメーデーには万博反対の大きなデモがある、という話は前々からあった。しかし、その日が開催日だ。そんな日に反対運動をしてどうというのだ? 現地に潜り込み、シュプレヒコールでも叫ぶのか? まさか万博の旗なんぞ燃やさないよね?ちょっと気がかりだった。
というのも、長女が参加すると言っていたからだ。教育改革問題のデモは毎回参加していた。「やっても無駄だって思わない?」とでも言おうものなら、一人だけが叫んでも何も変わらないかもしれない。でも何もしないで後悔したくない、という。「あなたのおこなう行動が、ほとんど無意味だとしても、それでもあなたは、それをやらなければなりません。それは世界を変えるためにではなく、あなたが世界によって変えられないようにするためにです。」(byガンジー) I am Ganhdiか?!
それにしても、ひどかった。メーデーは想定して家を出なかったが、No Expoはうたっていたが、日頃の鬱憤を晴らすだけのような、どさくさにまぎれたような何処へももっていきようのない怒りのようなものをぶつけまくる若者(馬鹿者!)主導のデモ。Black Blocと呼ばれる過激派集団であるが、彼らのスローガンは「NO TAV, NO EXPO」。TAVとは、ヨーロッパ全体の鉄道網充足のため、EUが推進している高速鉄道(TAV)だが、鉄道建設のコストだとか、環境破壊、住民に関わってくる影響云々、あちこちで反対の立場をとる過激的デモを耳にするし、NO TAVの落書きはよく見かける。
長女いわく、このミラノ万博、テーマが「食」のわりに、スポンサーがマックやコカコーラってどうなのよ!と批判。食べ残し、賞味期限切れなどの「食品ロス」や、万博建設にかける費用を考えたら、世界の飢餓や食料飢饉を少しでも救えるのではないか?という。それを言うなら、2020年の東京オリンピックでも、反対派の人は、やはり震災後の本当の復興のためにも、オリンピックにお金を費やして良いのか?というだろう。う...ん、微妙だ。批判はいったらきりがない。でもやるなら、うまくいってもらうしかない。今更、ケチをつけてどうなるのだ? というのが個人的意見。
とにかく、このデモ、初めはごくごく普通のデモだったという。それが、Via De Amicisあたりからひどくなり、Cadorna駅に着く頃には、黒のフードを被った若者たちが、白煙等やら爆竹、投石をはじめ、挙句の果てに、お店や銀行のガラスを壊し、中に火を放ったという。燃えている車の映像もたくさん見た。目のまえで催涙スプレーが噴射され、目が痛くなり、涙で何も見えなくなり、命からがら逃げたという。一緒にいた友達と一瞬はぐれパニックになったし、立て続けに友達から携帯電話に連絡が入ったという。それでか?私に「心配しないで。今Amendola Fieraでデモから抜けたから。でも団体はTrenno(Black Blocが野営しているところ)に向かっているから、家から絶対に出ないで!」と電話がかかってきた。
いやいや、それにしても、残念としか言いようがない。怒りのデモは社会の苦悩の表れだろうか? 20万人のデモ隊の中、このBlack Blocの過激派がどれだけいたというのか? No Expo、万博反対による対立抗争だと報道したり、それをそのままFBなどに書いている人も多かったが、あくまでも破壊的行動はBlack Blokによる便乗行為そのもの。しかも、顔を出さないとはいやらしい。
...が、ある一人の青年が、素顔をだしてインタビューに応えた。あくまでも、彼らの行為は、正当なことだという。本来なら彼らは、器物損壊罪か建造物等損壊罪(というのがイタリアにあるのだろうか?)の罪に問われるべき行為だ。親や学校(へ行っているとしたら)側はどう思っただろうか?数日まえにFB上で話題になっていたボルチモアの抗議デモで、暴走した息子にピンタを食らわす気丈な母親の画像が逆に再び話題となった。息子に何が起きていたのかしっかりすべて見ることによって、その出来事の重大性を理解してもらえれば、と語っている。まさに「母は強し」だ。
イタリアで、息子に飛びかかって、怒りまくる母親が100人中何人いるだろうか?現地校の小中高、公立、私立校と経験しているが、クラスにもよるが、過保護、過干渉の保護者のクラス、無関心な保護者のクラス、と極端だ。今の日本の教育、学校のあり方は全くわからないが、まーまーこちらの学校ときたら、子供の年齢に限らず、皆さん、お子さんの背後霊ですか?と聞きたくなるくらい、子供が今日、何の授業で、何をしたか、質疑応答の日程がいつだかすべて把握しているから、逆にそこで何も知らない私は、何も言えない。どの教科の教授は教える能力がないとか、範囲に入っていないテーマをテストに出したあの教授は罰せられるべきだ、と言い、挙句の果てに、校長にその教授たちを雇用し続ける理由を聞きに行こう、とか言い出し、目が点になった。ここで意見に反対の人、と言われ、はいっと手をあげられなかった私も情けない。一言、爆弾を落とすべきだったと常に思う。
次男のクラスでは、毎週金曜日になると、保護者間のSNSで「i compiti please!!」(週末の宿題お願いします!)とメッセージを送ってくる保護者も数名。アホか~!!
とはいえ、長男のクラスの白熱した懇談会のあと、ひとりムッとした顔でいると、声をかけてきたお母さんがいた。「どう思われます?皆さん、お子さんが優秀だから、教授が気にくわないのかしら?」という。けれど、実際は、要領もよく、成績もそこそこの学生も、態度が悪く、どっちもどっちと長男。私も一度、親子でのクラス懇談があった時、あまりにも学生たちが幼稚で、動物園のようにうるさいのだ、あれじゃあ教授軍もやる気をなくしたり、むっとするのも当たり前であろう。とにかく、長男には、「授業邪魔してないよね?」「人に迷惑かけてないでしょ?」と聞くが、はじめにそちらの方が気になるのが、親というものじゃないだろうか?
成績が悪ければもちろん、態度だって悪ければ、成績同様厳しく対処されるので、その際は、留年だって仕方ない。本人が気付き、やり直す方が大切なのでは?と声をかけてきた母親に答えると、安心したように、私と同じ意見の人がいてよかったわ、と言われた。やっぱり多数派に対し、爆弾は落とすべきだったか?爆
子供が歩く道の小石を全部取り除いてしまう親。転んでも、一人で立ち上がる前に、手を出してしまう親。それじゃあ、子供は大人や社会をバカにするようになるだろう。
ところで、今日、”Nessuno tocchi Milano" 誰もミラノには触れさせない、という意味か?1万5千人のミラネーゼたちが街中に繰り出し、先日のBlack Blocがしでかした落書きの掃除をした。
Soridarietà•団結という言葉をイタリア人はよく使う。団結は美しい。けれど、悪いことをしたら、反省し何かの形で善業をもってお返しはさせるべきだと思う。今後大人も、若者に善悪の判断、そして勉強だけではない社会勉強や躾とはなんぞやときちんと教え、また、愛を感じることで、人のことが考えられる人間を育てるよう心がけなくてはならない。
私もいうべき時には、言うぞ!!









