月曜日。雨の日のミラノ。ブルーマンデーだ。
次男を学校に送った足で、メルカートへ出かけると、普段の1/3以上の屋台はお休み。しかもどの屋台も今朝仕入れていないのか?あまり新鮮そうに見えず。たかが200-300メートルほどの青空市場だが、商品を眺めながら2往復もしてしまった。途中、スーパー•カルフールへ出かけ、水や牛乳を購入し、一度帰宅し、荷物を置いて、今度は中華食材店へ。ついでにエッセルンガにまで足を伸ばした。
先日、中華街で飲んだ紹興酒のロックが美味しかったので初めて買ったみた。1本4ユーロ。
両手両肩に荷物を抱え、疲れたので一人でバール休憩。中国人のバールへ入った。入り口にイタリア人の男性がタバコを吸っており、後から入ってきた。しばらくして、「俺の傘がない!」と言いだした。入り口に置いてあった傘は私の以外は2本。お店の奥にイタリア人のおばあちゃんの団体がいたが、彼女たちのものではないらしい。私が入ってから、だれか出て行った人がいたかどうかさえ記憶にない。
傘泥棒。
イタリアじゃあ日常茶飯事。
もちろん、間違いもあるだろう。でも、なくなった人は、また別の人のを持って行き、またなくなった人は別の人のを持って行き...そういう現場は何度も見ているし、経験している。
でも自分のが取られたからといって、だれか知らない人のものを持って行くのには罪悪感を感じる。たとえ1本5ユーロの誰もが持っている傘でも自分が好きで選んだ傘が誰かに持って行かれる、というのは気分が良いものではない。
夕方になり、次男を迎えに行った。学校には各クラスに傘置き場というものがないのだろうか?入り口にまとめて置いていく学校が今まで多かった。それこそなくなっても不思議ではない。お迎えの保護者も入り口に傘を置いて学校内部へ入っていくが、私の場合、ちょっと誰も気づかないような影に置く。
次男を引き取り、学校を出ようとしたら、子供二人を連れた男性(ソマリア人かエチオピア人あたりだろうか?)が「傘がなくなった!」と大騒ぎをしていた。次なくなったら、今度は誰かのを持って行くぞ!と叫んでいる。目があったので、「誰かが間違ったんじゃないの?」「あり得ることよ」と伝えた。もちろん、これが自分に起きたことだったら取られたー!!などと言って腹を立てていたかもしれない。でも同じ学校内では人を疑いたくない。曲がりなりにもカトリックの学校だ。なのに、自分の子供の前で、次は自分が他人様のものを持って行くぞ!というのはどういうことだろう?
学校の門を出ようとすると、次男のクラスメートのフィリピン人の男の子が長い傘を持って走って戻って来た。「傘間違えたの?」ときくと「そうだ」という。じゃああのシニョーレのだと思うよ、といって例の人を指差すと「自分のだあ!!」というので、「この子は間違えただけですからね」と一言伝えた。それ以上文句はいわず「La ringrazio!!」と丁寧な言葉で挨拶してきた。
人を疑うのは気分が悪い。それが身近な出来事であればあるこそしたくない。しかも子供の前で、人のものを取ることを肯定するような言い方で言ってはダメだ。
次男のクラスで比較的お金持ちの男の子がいて、見た目が良いので、女の子にモテるらしいのだが、一人しつこくくっついてくる女の子に対して、お金がないから同じ学校(中学)までには来ないだろう、と言っていたらしい。それって家で親が言っているんだろうなあと思う。確かに、その母親は、私立の学校でありながら、お金を払えない家庭は追い出すべきだ!と豪語していた。その隣で校長のシスターが眉間にしわを寄せていたっけ。
話はずれたが、雨は明日の午前中まで。そして、また週末ごと崩れるらしい。傘をどこかへ置くときは、袋を持って出歩かないとダメかな?

