今年もドン•ニョッキの記念コンサートに出かけてきた。
ドン•ニョッキとは、司祭であり、教育者であり、作家でもあったカルロ・ニョッキ。第2次世界大戦の間、アルピーノ(アルプス歩兵隊)の司祭でありロシアに行かされていたと言う。戦後、戦争孤児たちのために施設をつくり教育に専念した。そして、体の不自由な方のために病院、リハビリセンター、障害者のための学校などミラノ、サンシーロ地区に建て貢献。死後59年。9年前に列福し記念堂も献堂されたが、その後毎年コンサートが行われている。
昨年、ソロを歌った友人に声をかけられて初めて出かけ、今年が2度目。
今年はヘンデルの「メサイア」が公演された。
友人はスカラ座の専属合唱団の一員で、昨年はコンサートが終わり、すぐにスカラ座に走ったが、今回は午前中スカラ座で歌ってからタクシーで駆けつけたという。
タイトルの「メサイア」は、「メシア」(救世主)の英語読みに由来。聖書から歌詞を取り(ただし、文脈に合わせて人称代名詞を変更している)、イエス・キリストの生涯(イザヤ書などの預言書に描かれている救世主についての預言)を題材とした独唱曲・重唱曲・合唱曲で構成されている。
復活祭前のこの四旬節では、スピリチュアル・コンサートとして、バッハのマタイ受難曲、ヨハネ受難曲と並びよく演奏される。
この曲は、ヘンデル本人による自筆楽譜259ページから構成され、ちなみにヘンデルはこの大曲の楽譜を1741年に、わずか24日間で書き上げたと伝えられる。3部構成でとにかく長い!!約2時間半(各部60分、60分、30分)。CDを持っており、復活祭前は毎年聞いているが、コンサートでは流石に大部分がカットされており、それでも1時間半構成だった。
楽器編成は、オーボエ2、ファゴット2、トランペット2、ティンパニ一対、弦5部、通奏低音(チェンバロの代わりに普通はオルガン)ソプラノ・アルト・テノール・バスの各独唱、4部の混声合唱。 https://www.youtube.com/watch?v=IUZEtVbJT5c
歌詞は英語なのでわかりやすい。
友人の奥さんと前から2番の席に座った。お御堂は光の入るシンプルな作りだが、祭壇の下がガラス張りになっており、59年前にお亡くなりになったドン・ニョッキのご遺体がが祀られているのは、ちょっと怖い。とはいえ祭壇の上の十字架上のキリストもモダンで力強さを感じ見守られている感じ。
ドン•ニョッキとは、司祭であり、教育者であり、作家でもあったカルロ・ニョッキ。第2次世界大戦の間、アルピーノ(アルプス歩兵隊)の司祭でありロシアに行かされていたと言う。戦後、戦争孤児たちのために施設をつくり教育に専念した。そして、体の不自由な方のために病院、リハビリセンター、障害者のための学校などミラノ、サンシーロ地区に建て貢献。死後59年。9年前に列福し記念堂も献堂されたが、その後毎年コンサートが行われている。
昨年、ソロを歌った友人に声をかけられて初めて出かけ、今年が2度目。
今年はヘンデルの「メサイア」が公演された。
友人はスカラ座の専属合唱団の一員で、昨年はコンサートが終わり、すぐにスカラ座に走ったが、今回は午前中スカラ座で歌ってからタクシーで駆けつけたという。
タイトルの「メサイア」は、「メシア」(救世主)の英語読みに由来。聖書から歌詞を取り(ただし、文脈に合わせて人称代名詞を変更している)、イエス・キリストの生涯(イザヤ書などの預言書に描かれている救世主についての預言)を題材とした独唱曲・重唱曲・合唱曲で構成されている。
復活祭前のこの四旬節では、スピリチュアル・コンサートとして、バッハのマタイ受難曲、ヨハネ受難曲と並びよく演奏される。
この曲は、ヘンデル本人による自筆楽譜259ページから構成され、ちなみにヘンデルはこの大曲の楽譜を1741年に、わずか24日間で書き上げたと伝えられる。3部構成でとにかく長い!!約2時間半(各部60分、60分、30分)。CDを持っており、復活祭前は毎年聞いているが、コンサートでは流石に大部分がカットされており、それでも1時間半構成だった。
楽器編成は、オーボエ2、ファゴット2、トランペット2、ティンパニ一対、弦5部、通奏低音(チェンバロの代わりに普通はオルガン)ソプラノ・アルト・テノール・バスの各独唱、4部の混声合唱。 https://www.youtube.com/watch?v=IUZEtVbJT5c
歌詞は英語なのでわかりやすい。
友人の奥さんと前から2番の席に座った。お御堂は光の入るシンプルな作りだが、祭壇の下がガラス張りになっており、59年前にお亡くなりになったドン・ニョッキのご遺体がが祀られているのは、ちょっと怖い。とはいえ祭壇の上の十字架上のキリストもモダンで力強さを感じ見守られている感じ。
最近は近くのみならず、ちょっと離れたところもはっきり見えなくなってきた。年をとってきている証拠だろう。眼鏡をかけたり、外したり、慌ただしくしていたのだが、思わず人間観察。聖歌隊の人の口の開け方、歌い方に注目してしまう。思わず指先でリズムをとってる自分に気づく、私はミスター•ビーンかい?!
こちらはヘンデル直筆の譜面と聖句。自己の信仰を告白するサインが寄せられている。
I know that my Redeemer liveth
第45番、ソプラノのアリア
「わたしは知っている。わたしを購う方は生きておられ、ついには塵の上に立たれるであろう。この皮膚が損なわれようとも、この身をもってわたしは神を仰ぎ見るであろ。」G.F.ヘンデル (ヨブ記19:25-26)
最近、日本人は異なる宗教に寛容なのか?といったコラムがネット上でよく読まれているが、いわゆる宗教は、人々を惑わし、ごまかしの平安を与え、努力やお金を要求する。けれど、メサイアの作曲家であるヘンデルはそういった宗教のために「メサイア」を書いたのだろうか?
人々に、唯一の救い、罪の赦し、神との平和、永遠の命を与えようと望まれたイエス•キリストは本来宗教とは関係ない人だったのではないだろうか?また、キリスト教は奇跡云々を起こす教えでもない。キリストの言葉に生/活かされる。キリストに出会い、生きた言葉に出会って初めて、力強く人の心を動かすものだと思う。それが原動力となって、ヘンデルもこの曲を書いたのではないだろうか?
「メサイア」は「キリスト教」を宣べ伝えるための音楽ではなく、音楽が「祈り」となリ、心から「メサイア」つまり「イエスご自身」を紹介しているのだと思う。
魂にふれる音楽。特に「ハレルヤ」は圧巻で、アンコールもやはり「ハレルヤ」であった。こんなのが歌えたらいいなあ。

