1月25日は、ミラノ、アンブロジアーノ典礼では、「聖家族」の祝日であった。
私の通うパロッキアには、フランス人共同体もあるが、10年この教会に通い、フランス人会とともにミサをあげたのは、2回しか記憶にない。それが、数年ぶりにやっと合同にミサを上げることができた。
在ミラノのカトリック日本人共同体に比べたら、このフランス人共同体はずっと人数は多いものの、広いお御堂には、前のほうに固まるくらいの規模。カテキズモと呼ばれるカトリック要理も保護者が教えている様子。もっと、共に手を差し伸べ合えたらいいのに、と思いつつ、イタリア人は常に「フランス人は閉鎖的だから」と批判的。でもイタリア人だって同様じゃないだろうか?9年前、洗礼前の四旬節中、共同体の前で洗礼志願をした時に、「我がパロッキアへようこそ!」といってきてくれた人はほんのわずかだった。私が外国人だったからか?その人たちは、同じ聖歌隊のメンバーだったり、黙想会などで一緒になるメンバーだ。だから、逆に成人洗礼を受ける人や新たに教会で出会う人には、暖かく受け入れるべきだと身をもって感じるのだ。
話は逸れたが、ミサ聖祭の祭壇脇、聖歌隊席は、最前列が児童生徒。そして、フランス人。その後ろに私たちが座った。お御堂も信者でいっぱいで立っている人もたくさんいたくらいだ。ミサはイタリア語で行なわれたが、聖歌、祈り、そしてはお説教は、イタリア語、フランス語交互で行なわれた。
驚いたのは、フランス人共同体の聖歌隊には、成人男性が多かったということ。しかも歌がうまい!!皆黒の仕立てのよい黒のコートを着ており、やはりおしゃれ。
「フランス語読めますか?」とイタリア語で聞かれ、譜面を渡された。フランス語は40の手習いでかじったが、1年で断念。けれど、譜面は読めるから、ラテン語同様、なんちゃって?感覚的発音で一緒に歌う。あれっ???歌っている途中にびっくりした顔で私の顔をみるフランス人あり。(発音、変だったかな?)やっぱりフランス語できるといいなあ。苦笑
ところで、キリケッティと呼ばれる待者たちは、13人中、二人がイタリア人であとは、フランス人をはじめ、フィリピン人、南米人と国籍豊かであった。
父なる神よ、すべての家族において、勇気と知恵に満ちた夫婦が自由で一致した家族を築くことができますように。
父なる神よ、夫婦が平和のうちに家族と共に生活する家庭を築くことができますように。
父なる神よ、子どもたちが信頼と希望のしるしとなりますように。若者が揺るぎない心で忠実に献身する勇気を持つことができますように。
父なる神よ、すべての人の手に食糧が行き渡りますように。すべての人が心に平穏を感じ、闇の中でも信仰の灯りをともし続けることができますように。
父なる神よ、わたしたちが皆、より忠実で信頼できる教会、公正で人道的な社会、そして真理と正義とあわれみを大切にする世界の実現を目にすることができますように。
昨年の10月に行なわれた「家庭シノドス」閉会の際の家族の祈りをもって閉祭された。
閉祭の歌。
Tifingrazio mio Signore e non ho più paura
https://www.youtube.com/watch?v=SbKGiRGy4rQ
わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。そしていつも友人であるように。。。。そういった歌詞。
主は私たちの弱さや欠点も知りながら、そんな私たちの弱さや欠点さえもそのまま、受け入れてくださった。私たちも欠点もあり、失敗もする、そのような相手を受け入れていきましょう。
http://ameblo.jp/sofiamilano/entry-11758628382.html