結婚記念ミサ | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで32年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

来週25日は、ミラノのアンブロジアーノ典礼では「聖家族」が祝われ、それに先立ち、毎年我がパロッキアでは1週間前に結婚記念ミサが行われる。ちなみに今日の福音は「カナの婚礼」だった。

通常の主日のミサの中で、結婚記念10周年、15周年、20周年...のカップルがお御堂の最前列に招待され、ミサの中で祝福される。今年は7組。次男の学校で見かける方もいらっしゃれば、教会で奉仕されておられる方などなど、だいたい結婚10周年から50周年くらいかな...とミサ中彼らを見つつ想像した。

考えてみたら、この3月両親が結婚50周年、つまり金婚式を迎える。よく頑張ったな~と思う。東北出身の物静かで忍耐強い父と東京生まれのなんでも捨てちゃうちゃきちゃきの母。私は彼らを足して2で割っている。物静かじゃないし、物も捨てられない。苦笑

そして、よくよく考えてみたら、私も来年は結婚20周年、教会の秘蹟としては10周年を迎える。早いな、と思う。前回10周年の時、記念に指輪を作ったがほとんどつけておらず。苦笑 

今朝のミサの説教の中で、結婚は「勇気」と「忍耐」だと主任司祭が話していた。うんうん、確かにそうだ!思わず祭壇脇の聖歌隊の席で、首を縦にし頷きながら納得してしまう。もちろん、子育ても「勇気」と「忍耐」が必要だが、半分は自分の血が流れている。怒ってもしゃ~ないわ~と思う面もあるが、夫に対しては、もともと他人だもの。腹が立って当たり前。あの愛を誓いはどこへ行ってしまったの~。爆

また、ミサの中で、結婚記念を迎えた夫妻に結婚時、神の前で誓った愛を再び確認しあい、その誓いを更新する。ここにいる全ての既婚者も同じですよ~、と司祭。「私たちは夫婦として、順境であっても、逆境であっても、病気の時も健康の時も、生涯、互いに愛と忠実を尽くすことを誓います。」聖歌隊の中に一組夫婦がいるのだが、聖歌隊の席でふと、妻から後ろの席にいる夫に手を出し、手をつないで誓いを誓っていた。絆だな~と思う。とはいえ、彼らの孫は次男のクラスメートだが、その両親、つまり彼らの息子夫婦は離婚している。親に信仰があろうと息子や孫の人生いろいろだ。

我が家なんぞ、夫は出張があまりにも多いし、そうでなくても仕事人間、週末ミラノにいようと朝早くから会社に出て行く。諦観の生活は、それ故に夫に頼ることなくますます精神的に強くなるのだ。爆 会話は子供のことか業務連絡。お互いが相手を理解するのではなく、自分が理解されることを期待しているだけだったら、忙しさと疲労に負けてしまうのが現実。

それ故、人は父母を離れて自分の妻と結ばれ、二人は一体となる。したがって、彼らはもはや二人ではなく、一体である。(マタイ19:5-6)

いやいや、聖書が示す本物の夫婦となるのは、並大抵の努力ではない。私は男性側に人格的成長を希望するが、逆に人格改造案を提示されてしまうかもしれない。笑 時に痛い目に合わないと、本物の夫婦になるのは難しいのかもしれない。結婚生活も成長するには、成長痛が伴うのだろうか。爆 おー痛い、痛い!倒れそう!!自分が痛ければ、相手も痛いのだ。ここぞ大切なのは隣人愛。許しも必要だし、ともに喜ぶものを持つことも大切だ。

だからこそ、結婚生活は人間として成長するためにやりがいのある営みなのかもしれない。



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