先日、元旦早々イタリアの新聞に日本の少子高齢化が紹介されていた。
http://www.avvenire.it/Mondo/Pagine/giappone-paese-vecchia-natalita-in-calo.aspx
総務省のサイトの国立社会保障・人口問題研究所の調査、推計によると、日本の将来推計人口は2010年10月の時点で1億2805万7352人、そして徐々に1億人を割り、45年後の2060年には8,674万人になるものと見込まれている。
総務省のサイトの国立社会保障・人口問題研究所の調査、推計によると、日本の将来推計人口は2010年10月の時点で1億2805万7352人、そして徐々に1億人を割り、45年後の2060年には8,674万人になるものと見込まれている。
また、生産年齢人口(15~64歳の人口)も減少を続け、2010年の割合63.8% からやはり2060年には50.9%になるとなるのに対し、高齢人口(65歳以上の人口)は、2010年の2,948万人から、団塊の世代及2060年には3,464万人となる。つまり2.5人に1人が65歳以上となることが見込まれている。
このように、我が国は、今後、人口減少と少子高齢化の急速な進展が現実のものとなり、この中で新たな経済成長に向けた取組が不可欠であるということ。まさにその中に自分も含まれると知れば、心配しない人はいないだろう。誰もが高齢化していくわけだが、生き生きと身体的にも精神的も元気でいられることは、これからの自分にとって、また日本社会にとって大きなテーマとなる。
高齢者といっても、昔と現在は違う。私が子供の頃の祖母と、現在の母は母の方がずっと若々しい。大体、現在私や長女が着ている冬物のコートは母のお古なのだから、どんなに若作りをしているのか!と思ってしまう。爆 そして、母のアラフィフ時代と現在の私とを比べたらずっと私の方が若作りだろう。だからといって、自分が70歳になったらどんな様相をしているのだろうか想像もできない。精神年齢は20歳代のままなのだけれど。(ずうずうしいか!爆)
第2の人生とはいつから始まるのだろう?何れにしても、より良く生きたいもの。見た目は、精神の表れだと思うので、外側だけに気を取られ続けるのではなく、精神性を深く充していきたいもの。精神的豊かな人生を送るには、やはり最期の瞬間まで生きる意味を見つけようとすることではないだろうか?
人それぞれ与えられた時間は違う。早々と両親、兄弟姉妹や子供を失う人もいるだろう。生まれた場所がたまたま紛争の多いところで、犠牲になった人も多い。美化するべきではないが、「生」の時間の神秘というものだろうか?
ある尊敬する神父様が毎朝「今日1日、私を愛する、愛される人間にしてください」と祈られると聞き、私もそうすることにした。誰もが、1日1日死にむかって生きている。いつかくる「死」を意識すると「時間」の使い方にも慎重となる。人生は与えられたものであり、時間も与えられたものなのだから。命も時間も私たちが創り出せるものではない。
今の自分も、その年齢も含めてすべて与えられたものであると思うと、好き勝手にはできないはず。この頂いている時間を大切にして、1日1日を感謝して生きていくことが幸せにつがなる一歩だと思う。
今後、クオリティ•オブ•ライフ、つまり「生活の質」、「生きていく質」を追求していきましょう。
http://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/hokabunya/shakaihoshou/dl/07.pdf