「水の都」といって思い出すのは、ヴェネチア。
夏の運河は匂いが最悪と言うが、ゴンドラに乗り、平気で運河の水に手を入れ、水浴びをする観光客もいるとか。
さて、ミラノもかつては運河が張り巡った街だった。現在運河として残っているのは昔の港ダルセナと交わるナヴィリオ・グランデとナヴィリオ・パヴェーゼ。そしてミラノ北西部にあるナヴィリオ・マルテサーナである。
夏の運河は匂いが最悪と言うが、ゴンドラに乗り、平気で運河の水に手を入れ、水浴びをする観光客もいるとか。
さて、ミラノもかつては運河が張り巡った街だった。現在運河として残っているのは昔の港ダルセナと交わるナヴィリオ・グランデとナヴィリオ・パヴェーゼ。そしてミラノ北西部にあるナヴィリオ・マルテサーナである。
ナヴィリオ•グランデはティチーノ川から水をひき,ミラノとマジョーレ湖をつなぐ長さ50キロの運河。そして,ナヴィリオ•パヴェーゼもティチーノ川から水をひき、ミラノーパドヴァ間が33キロ。またポー川を通じ,アドリア海までつながっている。ナヴィリオ•マルテサーナはアッダ川より水を引き長さ38キロもある。
ところでミラノはかつて、mediolanum 「平原の間」または,「水のある所」と言う意味もあったという。水の豊かな街であればいいが,ロンバルディア平原の真ん中にあるポー川支流のオローナ川やランブロ川,セヴェゾ川は今でも雨がふると,洪水,浸水被害が激しく,今週は特に雨続き。今日はちょうど地下鉄の黄色のラインが走るザラやマチャキーナ近辺の学校は閉鎖しているようだった。
こちらは12日夜のガリバルディ駅の様子。
http://www.milanotoday.it/cronaca/video-stazione-garibaldi-allagata-12-novembre-2014.html
ちなみに,残りの運河は次第に埋め立てられていき、現在のミラノの市街地をぐるっと取り囲む環状道路は、かつての運河を埋め立てた跡だという。
かつてのミラノ領主ルドヴィコ・スフォルツァ(イル・モーロ)はミラノのスフォルツェスコ城と「最後の晩餐」で有名なサンタ・マリア・グラツィア教会の教会祭壇後方に張り出した奥室を地下通路でつなぎ、そこに埋葬されていた妻を密かに訪ねたと言われている。今ではスフォルツェスコ城の水のない堀の壁に格子のはまった入り口を見ることができるそうだ。また1800年代には密輸入者たちが、地上での警察の取り締まりを逃れるために利用していたという。この地下通路は現在見学することは出来ず、ミラノの人工洞窟学の団体によって管理されている。
ちなみに,残りの運河は次第に埋め立てられていき、現在のミラノの市街地をぐるっと取り囲む環状道路は、かつての運河を埋め立てた跡だという。
かつてのミラノ領主ルドヴィコ・スフォルツァ(イル・モーロ)はミラノのスフォルツェスコ城と「最後の晩餐」で有名なサンタ・マリア・グラツィア教会の教会祭壇後方に張り出した奥室を地下通路でつなぎ、そこに埋葬されていた妻を密かに訪ねたと言われている。今ではスフォルツェスコ城の水のない堀の壁に格子のはまった入り口を見ることができるそうだ。また1800年代には密輸入者たちが、地上での警察の取り締まりを逃れるために利用していたという。この地下通路は現在見学することは出来ず、ミラノの人工洞窟学の団体によって管理されている。
ミラノの地下に埋もれた地下空間。
来年開催されるミラノ万博2015に向けて,道路を取り払い,運河を復活させる計画もあったようだが,そうでなくても水はけの悪いミラノ。幻想的な風景はそのまま霧とともに去ってしまったようだ。





