「可愛い子には旅をさせよ」という諺がある。
昔,旅をするには,今と違って,歩くか馬に乗るぐらいしか方法がなかったため,旅はつらく厳しいものであったようだ。もちろん,現在は別の心配もあるだろう。変な人にだまされないか?睡眠薬などのまされて身ぐるみをはがされたりしないか?などなど。
いずれにしても,我が子を可愛いと思うなら,甘やかして,そばに置くのではなく,苦労を経験させる意味で,旅をさせなさいという意味だ。若い頃の苦労は,後の人生にとって,きっと糧となり,役立つだろうという親の願いが込められている。
かと思えば,数年前知人が自分の息子が就職しても対人関係うまくいかないし,自信をつけさせるためにも,私のところであずかってもらえないか?と言ってきた。「はあ???」である。自立心旺盛の子であれば,自分で行き場所を探して出て行くだろうし,結局私のところに来ても,言葉は出来ない,一人で外に出られなければ,結局私が面倒すべてみてやらなきゃいけぬ。それは,親元から出すだけど,誰かの保護のもとにあるならば,何の意味もないのではないだろうか?もちろんお断りした。「可愛い子には海外旅行をさせよ」か?!
旅は,パッケージツアーなどのお膳立てのものではなく,ましてや海外に行けばいいものではない。全く予期しないことに遭遇した時,それをどう自力で乗り越えるか,それが大事なのだ。
「人生は旅である」というが,これまた同じ。レールに乗った決まりきった旅などないのだ。すべてが一期一会。
人は皆,生まれた時から自分の旅を始める。では,旅の目的地はどこだろう?
私はカトリック信者なので,「私は道である」とおっしゃったイエス•キリストの言葉が重要になってくる。また,「私の後に従いたいものは,自分を捨て,自分の十字架を担って,私に従いなさい。...」自分のサイズにあった十字架を担ぎ,信頼と愛と希望を持って歩むこと。到着地点は,神様のもと。結局人生はそういうことになる。遠回りはあっても,近道はほとんどないだろう。がたがたの道はあっても,まっすぐな舗装された道も少ないことだろう。
“Life is a journey, not a destination.”
人生は旅であり, 運命ではない。
「旅の名言、格言、諺集」
http://www.geocities.jp/the_traveler_of_wind/essay/zatugaku/essay2_01.htm