他人の悪口を言わない,批判をしない,うわさ話をしない,そして愛し合う恵みを主に願いましょう。
これは,先週の教皇フランチェスコのツィート。
前半,「他人の悪口を言わない,批判をしない,うわさ話をしない」...もちろんそうあるべきと思いつつ,日常茶飯事行われていることだからこそ,戒めとして発信されたのだろう。
逆の立場になれば,誰でも他人に心ない言葉を言われれば,嫌な思いをし,傷つき,時によっては,人間不信にさえなってしまうかもしれない。私は,悪口,うわさ話どころか嫌がらせを,子供の頃ではなく,大人になってされたことがある。その犯人さえ知っていたし,傷つきもしたが,決して同じ土俵に立ってはいけないと近くにいた人に言われた。同じことをすれば,同じ低レベルの人間になってしまう。結局回りの人間の方が,その人よりもずっと大人で, 真理をわかっている人だったので,最終的には、その人の思い通りにはならなかった。回りの人間がその人に乗らされなかったことに感謝している。
所詮人は,皆自分に甘く,他人に厳しい。 自分に敏感で,他人に鈍感なのだ。
先々週,次男の学校の懇談会では,まず始めに校長のシスターから保護者に,ある注意をされた。
毎朝,学校前で,ある保護者のグループが立ち話をしているのだが,ニューエントリーの私でさえ,毎日誰かをターゲットにしている,あまりいい話ではないな?とは感じていたが,案の定,担任なり学校の運営関係,子供のクラスメート,またはその保護者の話らしいのだ。校長室も児童生徒の教室も(2週間ほど前までは)窓を開けているので,すべて聞こえて来ます。ここは,少なくともカトリックの学校です。まずは保護者から言動に気をつけてください。何か問題があれば,うわさ話をするのではなく,担任または,直接私(校長)にいいに来てください。」とがんっとおっしゃった。
それを友人に話すと,さすがカトリックの学校だね!公立の学校だったら,まずは先生が人の悪口言ってるしね...という。昨年度の次男の教師二人は保護者面談中,いきなり喧嘩をし始め,一人が別の教師達を呼んできて,1対多数での言い争いになった。「だから,あなたは嫌われるのよ!来年,あなたについていく同僚なんて誰もいないわよ!」「あらっその方がありがたいわ!」と爆発。保護者は目が点。どうしてこういう教師軍を信頼し,子供の教育をゆだねることができるだろうか?その後,すぐに校長が,関係教師及び,学級委員の保護者を招集し,形だけはうまく取り繕ったが、教師同志心から許しあっていない。懇談会に出席していた保護者はもちろん,欠席だった保護者には何も状況,結果を伝えられるこ とも無く夏休みに突入。臭いものにはふたをし,知らない人には知らないままにさせておくことが平和だというのか?私としては,信頼関係はなくなったも同然。他にもいろいろと原因はあったが,次男を転校させた訳だ。
カトリックの学校が特別な訳ではない。けれど,児童生徒達が、元気良く挨拶をすること,「ありがとう」「ごめんなさい」,ごくごく普通な言葉を耳にし,ほっとした。 今まではあり得ない環境だったから。
話は基,新しい学校での懇談会の直後に偶然にもパパ様のツイートが発信され,改めて気をつけなくてはならないと思った。
よくも悪くも,人の噂をすれば,必ず早かれ遅かれその対象者の耳に入る。私自信の話も耳にも入ることがある。あの人,やっぱりそうなんだ,と思う。他人の悪口を言う人は,結局対象者をかえて,また誰かの悪口を言う。私に聞かせるということは,いつか私のことも言うだろう...そう思っている。かといって,私は私,と思っているけれど。そして,私自身,辛口,毒舌なあまり意識はしていなくても,人を傷つけてしまう言葉を沢山発しているかもしれない。気をつけないと。
人間にとって大切なのは,信念で生きることであって,していけないことはどんな時もしない。一人であろうと集団であろうと。するべきことはみんながしなくても私はする。そういう信念なのだと言えます。by渡辺和子