いよいよ聖霊降臨祭当日。 何度も書いてきたが、ミラノ・サン・シーロ小教区とミラノ大司教区の外国移民・移動者共同体が共同のミサを開いたわけだから、実質的な準備及びスピリチュアル的な心の準備も十分に必要だった。 ところで、このサン・シーロ地域。 外国人が住人の半分を占めると新聞には書かれていたが、どこまでの範囲をいうかわからないが、国籍にかかわらず、貧富の差は激しい地域とは言えるだろう。ある通りを境に、ここはどこ?というようなブロンクス的雰囲気があったり、いきなり閑静な別荘地のような雰囲気にな、使用人の制服を着た外国人が敷地内からちらほら見えたりすることもある。ちなみに10年前までは、日本国総領事邸もこの地域にあり、30年前にさかのぼれば、教会隣の修道院経営の学校には、日本人の子女も多かったという。(今回初耳だった!) 前日、AMSA(ミラノの清掃会社)に地域一帯の掃除をしてもらったそうだが、目と鼻の先にあるサン・シーロ競技場では、連夜イタリアの老舗バンド?!LIGABUEのコンサートがあり、案の定、当日の朝は、教会の周りは、ビール瓶やらプラスチックのコップやら紙くずでいっぱい。 教会前の広場には、お年寄りや犬の散歩連れを多く見かけるが、実際には、使い終わった注射器やコンドームも捨てられていると言うから恐ろしい。 ミサは11時半からだが、10時半から全聖歌隊の練習があった。私は会場準備のため8時入り。準備もいろいろあったのだが、私としたことが日頃の疲れが出たのだろうか?前夜何もしないで寝てしまったのだ!!あちゃ~、まじ~?! 6時に飛び起きると、日本出張から戻ったばかりで時差ぼけで早く目覚めた夫と休みになるといきなり早起きする次男も起きており、持ち寄りのための大福、そして午後から担当していた折り紙教室のサンプルを一緒に仕上げた。ったく朝から慌ただしい・・・。 ミサの後の分かち合いの昼食は、プリモはケータリングで約1000食注文。セコンド、ドルチェは各々がもちよりということだった。 前日から、幅2メートルほどあるテーブルを14個、路上に並べ、バイキング形式にするため、テーブルを長く並べた。 |

