特に、主の復活の日を迎える「聖なる3日間」は大切にされている。
その聖なる3日間とは、第1日目は聖木曜日、第2日目が聖金曜日、第3日目が聖土曜日または、復活徹夜祭と考え、区切られているが、正確には一日の境目が日没時という当時のユダヤ暦の考えに従って区切られている。
「聖木曜日」
レオナルド・ダ・ヴィンチの描いた「最後の晩餐」はイエスが中心となっている。誰もが知っているだろうが、弟子たちに囲まれて一緒に食事している場面である。イタリア語では「Cenacolo」チェナーコロと呼ぶ。食事そのもの、というよりも古くは、食堂、修道院などの食堂、会食室をそう呼んだようだ。
食事の前に、弟子たちが食卓に着いた時、イエスはたらいに水を取り、弟子たちの足を洗い、布でその足を拭き始められた。それは、「愛の模範」を示すためだという。昨年の聖木曜日では、教皇の座につかれたばかりのパパ様が刑務所の受刑者の足を洗ったお姿は記憶にまだ新しい。
また、食事の最中、パンを取って「これは私の体」、ぶどう酒の入った杯を取って「これが私の血」と言われ、「私の愛を思い出して繰り返しなさい」と言われた。このようにキリストは、貴いご聖体とごミサを定められ、2000年、今日に至るまでカトリック教会では、その儀式がずっと行われてきているわけだ。いつまでも私たちと共にいてくださるイエスとの一致は、聖体拝領することにより実現する。
晩餐後、イエスは取り押さえられ、そこから受難が始まる。
聖木曜日には、夕方、または夜からミサが行われる。古代エルサレムでは、このミサが終わると、一同、家に帰って食事を済ませてから、今度はオリーブ山に集まり、真夜中になると、イエスが捕まえられた場所へ移り、そこで聖書を読み、主の受難を思い起こして泣いたと伝えられている。
今日、ミサが終わると、司祭は祭壇上の聖体に献香してから、翌日の聖体拝領のために聖体を別の安置所に移す。ちなみに、祭壇上のすべてのものを取り除き、裸の状態にする。キリストの受難と死が始まったしるしなのだそうだ。
安置された聖体の前で各自しばらく祈りが薦められる。私のパロッキアでは、夜の9時からミサがはじまり、夜の12時くらいまで聖体の前で祈ることが可能。
心をこめて3日間過ごしましょう。
