パパ様 ツィッター ~ 2014年2月 その① | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで33年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

 
2月1日 
A volte siamo tristi per il peso dei nostri peccati. Non scoraggiamoci: Cristo è venuto a togliere tutto questo, Lui ci dà la pace. 時に、私たちは、罪の重さのため悲しくなります。落胆しないで下さい。キリストは、この全てを取り除くためにいらっしゃいました。彼は私たちに平安をお与えになります。 


2月2日 
La Giornata Mondiale della Vita Consacrata sia un’occasione propizia per riscoprire la centralità di Gesù Cristo nella nostra vita  「世界奉献生活者の日」が、私たちの生活の中で、イエス・キリストの中心性を再発見する適切な機会となりますように。 


2月3日 
È importante avere amici di cui potersi fidare. Ma è essenziale avere fiducia nel Signore, che non ci delude mai.  信頼できる友人を持つことは大切です。しかし、決して私たちを失望させることのない主に信頼をおくことは、極めて重要です。 


2月4日 
Cari giovani, Gesù ci dà la vita, la vita in abbondanza. Vicini a Lui, avremo la gioia nel cuore, e un sorriso sulle labbra. 親愛なる若者の皆さん、イエスは私たちに命を与えて下さいます。しかも、豊かに与えて下さいます。彼の近くにいると、心に喜びが与えられ、口元に微笑が浮かぶことでしょう。 


2月5日 
Il mondo ci fa guardare noi stessi, l’avere, il piacere. Il Vangelo ci invita ad aprirci agli altri, a condividere con i poveri.   世界は私たち自身、所有しているもの、喜びに目を向けさせます。福音は私たちを、他者に心を開き、貧しい人と分かち合うよう招いています。 


2月7日 
Quale sapore acquista la vita quando ci si lascia inondare dall’amore di Dio! 
神の愛に満たされたままの生活を得ることは、何たる味わいでしょう! 



2月8日 
I Sacramenti, specialmente la Confessione e l’Eucaristia, sono luoghi privilegiati di incontro con Cristo.サクラメント(秘蹟)、特にゆるしの秘蹟とエウカリスティア(聖体の秘蹟)は、キリストと出会うための特別な場所です。 


2月10日 
Preghiamo per tutti i sacerdoti buoni e fedeli che si dedicano alla loro gente con generosità e sacrificio silenzioso. 寛容さと静かな犠牲を持って人々に自分を捧げているすべての善良で忠実な司祭のために祈りましょう 


2月11日 
Oggi vi invito a pregare insieme con me per Sua Santità Benedetto XVI, un uomo di grande coraggio e umiltà. 今日、偉大なる勇気と謙遜な人であるベネディクト16世のために、私と一緒に祈って下さい。 


Saluto tutte le persone malate e sofferenti. Cristo crocifisso vi è vicino: stringetevi a Lui!  病気で苦しんでいるすべての方々にご挨拶します。十字架につけられたキリストが皆さんと共におられます。キリストにしっかり抱きついて下さい。 


PapaFrancesco ‎‎‎‎‎‎‎‎‎‎‎‏@Pontifex_it 


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ベネディクト16世名誉教皇が退位されてから、今日(2月11日)でちょうど1年がたった。 

生前退位に対し、批判よりも、勇気ある決断に敬意を示す方が多かったのが印象的。「信仰の目」で見ることの大切さを知った。 

ところで、ここ数年、某団体が彼らの発行している冊子をおいていくのだが、先月号に 

>イタリアの人々の大多数はローマ・カトリック教徒ですが、教会に定期的に通っている人はほとんどいません。ここ数十年、教会の影響力は弱まってきたといわれています。妊娠中絶や離婚に関する昔からの教えに、一般大衆が背をむけてきたのです。 

と書かれており、唖然。 
何を根拠に、そういうことが書けるのだろうか。 
教会離れは実際にあるが、それでも日曜日のごミサは、(イタリアの)教会はどこもいっぱいだ。けれど、それとは別に、各信者がどこまで、聖書の基準に従った生活を送っているかどうかなど、他人が他人を判断したり、裁いたりするなどもっての他だ。 

確かに、現代における宗教観というもの自体が変わってきており、カトリックを保守的だという考えもあるけれど、人間性を否定しているわけではなく、むしろ、たとえば、同性結婚の合法化には反対しているものの、同性に惹かれる者は尊重されるよう求め、こうした者への迫害や暴力に反対である、という部分までは見落とされているのではないだろうか? 

パパ様信仰ではなく、パパ様をはじめ、他人を通し、神様の働きがある。また、同時に、自分自身の中にいらっしゃる神様の声に耳を傾けることも大切。そういう意味では、パパ様のツィッターは、黙想のヒントになることだろう。 

希望とは、生きること。 
希望とは、現在に意味を与えること。 
希望とは、歩むこと。 
希望とは、前に進むための動機をもつこと。(カルロ・マルティー二) 



http://ja.radiovaticana.va/news/2014/02/11/%E5%89%8D%E6%95%99%E7%9A%87%E3%83%99%E3%83%8D%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%AF%E3%83%8816%E4%B8%96%E3%81%AE%E9%80%80%E4%BD%8D%E8%A1%A8%E6%98%8E%E3%81%8B%E3%82%89%EF%BC%91%E5%B9%B4/gia-772320