結婚記念ミサ | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで32年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

来週、アンブロジアーノ典礼では「聖家族」が祝われるが、それに先立ち、我がパロッキアでは、今朝、結婚記念ミサが行われた。 

通常の日曜日のミサの中で、結婚記念10周年、15周年、20周年・・・・のカップルが最前の特別席に招待され、ミサの中で祝福された。 

15周年と20周年と30周年のカップルはどれも学校関係の友達夫婦。30年目の友人は長女の小学校時代のクラスメートのご両親であったが、お互い3人子供がいるが、こちらは第1子。あちらは、第3子であった。歴史に差があって当たり前。笑 

また、50周年の方たちが2組あった。私の両親が今年、結婚49周年に当たるので、両親よりもちょっと年齢が上辺りの方々だろうか? 

また、午後からの日本人ミサでも今日が丁度洗礼記念34周年、洗礼と同時に結婚の秘蹟を頂いたので、結婚34周年という方もいらした。 

「その健やかなるとっきも、病めるとっきも、喜びのとっきも、悲しみのとっきも、富めるとっきも、貧しいとっきも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことをちっかいいますか~?」昔、プロテスタントの学校に通っていたことがあったが、英語の先生がドラマで牧師の役で出演しており、驚いたことがある。笑 

いずれにしても、神の前で、誓った愛を再び確認しあい、その誓いを更新する。また、順境にあっても、逆境にあっても共にいてくださる神に感謝。 

結婚って、勢いだとか、タイミングだとか言うけれど、固い愛の絆で結ばれなければ意味はない。神の前で誓う愛は、神との契約ともなる。 

ちなみに、私はただ籍をいれただけで、ずっと後になって受洗。上記の方同様、洗礼の際、結婚の秘儀まで受けたが、夫は未信者。私にとっては大きな誓いをしたわけだが、夫にとってはどうなんだろうな・・・。 

今、「結婚」という形・意味合いも変わってきている。 
こんなはずじゃ・・・ってことを感じる夫婦も多いことだろう。 

我が家の夫は3週間も日本出張中。しんどいわ・・・学校に呼び出され、子供に反抗され、母からも「時代かしらね・・・私はそれほど苦労しなかったけど」とメッセージ。そうでしょ?胃に穴が開いたら、家族のせいだわ!と切れまくり・・・ 

あ゛~、子供の有無に限らず、結婚は、愛と忠実に根ざした絆のはず。一人だけが重荷を背負うことなく、お互いの重荷を担い合い、お互いに仕えあえますように。 

喜びにつけ悲しみにつけ信頼と感謝を忘れず、あなたに支えられて仕事に励み、困難にあっては慰めを見いだすことができますように。多くの友に恵ぐまれ、結婚がもたらす恵みによって成長し、実り豊かな生活を送ることができますように。わたしたちの主・キリストによって。アーメン