昨年秋に、いきなり出たアレルギー。
アレルゲンを突き止めるパッチテストとプリックテストをしてきた。
とにかく近いところで・・・と思い、有料でもすぐに見てくれるプライベートのドクターを見つけたのに、結局検査は日中彼がいる公立病院へ。場所が今ひとつ分からないので、初日はタクシーで出かけた。
予約は8時15分。ただ、イタリアの病院は、支払いが先だし、大病院だとまず支払い場所を探すのも、それから診療を受ける科を探すにも、時間がかかる。なんとか7時半には着いておきたい。じゃあ次男はどうするの?前もって夫に相談したけれど、早くからごちゃごちゃいっても仕方がない、というが、人に頼むには早すぎる時間。いきなりじゃ無理でしょ?と何度も言うと、「がたがたいうな!俺が連れて行く」・・・といいつつ、2日前に確認すると、「聞いてない。」「コンファームされてない」とのこと。だから今確認してるでしょ!!私は逆切れ。
結局長男が家をでる際、近所の人に預けて学校へ連れて行ってもらった。夫はあてにならないのでタクシーで病院へ。他の人は、皆だんなさんがちゃんと送ってくれるのに・・・ちっ。
結局朝の渋滞でも20分で到着。
問題は、それからだった・・・。病院の大きいこと!
敷地内に入っても、どこをどういっていいのかわからず。入り口でアレルギー検査があるのですが・・・というと、パビリオン56、という。ではどの辺?ぶわ~っと奥まで行って、左の方・・・。超アバウト。そのままタクシーで行ってみた。が、分からない。どうも車道は一方通行で、目的地まで乗り付けるか、入り口近くの駐車場にとめて巡回バスで行かないといけないらしい。
まだ、外は7時半、空はまだ暗い。外を歩いている人はいない。もちろん巡回バスとて走っていない。行きゃ~なんとかなるでしょ?と思っていたら、一周しちゃった。ゲゲ。運転手さん、行き当たりばったりの人にききまくり。バス停Gのあたりだよ、という。2周目。Dまでは、確認できたが、いきなりMに飛ぶ。「どこか奥に入るんじゃないでしょうかね?」といっても、聞く耳を持たず。3周目。20分経過。仕方ない、ここで降ります!といって降りてしまった。本来15ユーロのところが21ユーロに。おやじめ~。
あちこちに看板があるものの、肝心な「科」が書かれておらず、どこへ行っていいのかわらかず。やっと「56」発見。大学のキャンパスのように広大で、多くの建物が点在しているが、いつの時代?と思われるものや、ここで何をするんですか?というような怪しい建物、ブレーメンの音楽隊で泥棒たちがごちそうを食べながら金貨を分けているような家さえある。
パビリオン56は比較的、近代的な建物だが、入ったとたんに何もない。地下に降りると、初めてそこに受付があった。免疫学科とある。あれっここでいいのかな・・・番号を取ったが、不安になり、聞きなおすと、アレルギー科はこの奥といわれる。そこから、また床に描かれた線を追いながら歩くこと、2,3分。やっとついた!!結局8時。
初日は、パッチテスト。
11月末には皮膚は落ち着いついていたが、、背中の健常皮膚に40種類のアレルゲンを48時間貼付。(画像参照。ちなみにこれは私の背中ではありません。笑)この画像の絆創膏の上にさらにサランラップのようなテープを両肩甲骨がかぶさるように貼られたから、たまったもんじゃない。べたっとして、これまた気色悪い。
2日後、再び病院へ。
パッチテストの絆創膏をびりっと一気にはがされる。この刺激反応が消えるのを待つため、三度病院へ戻らなければならない。このパッチテストは、遅延型アレルギー反応をみるもので、今度は即時型アレルギー反応をみるブリックテストを行った。
まず前腕の皮膚に草木の花粉、カビの胞子、ほこり、植物などの抽出分から作られたアレルゲンエキスを1滴ずつ落とし、その後、細い針で浅く傷をつけていくだけ。両腕21種類のエキスで検査。
30分したら呼ぶからね~と言われたが、あれよ、あれよという間に数箇所が、赤みを帯びふくれあがってきた。うわ~っ両腕、背中が痒い~!!これじゃあ編み物もできない。本を読もうとしたが、集中ができない。こぶしを握り、いらいら状態・・・。
結局1時間近く待たされたから、腫れた部分も引いてきちゃった。意味ないじゃん!!
「こことここ・・・」あとからドクターに説明すると、イネ科とイトスギに反応していた。もう毎日目も痒くてたまらず。原因はこれね。
いちおう、「結果報告を書くので、お名前を・・・」とドクターが言うので、一応苗字をスペルで言ってみた。俗にアルファべート・テレフォ二コという。電話でスペルを間違えないため、「A come Ancona,B come Bologna ・・・」というのだが、 Otranto Genova...といい始めると、あ~結構、結構見つかりました、という。
印刷された報告書を持ち帰り、ゆっくり見返したら、私の名前はOgawa Yoshikoになっていた。誰じゃい?! 続く・・・
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