さすが、一度目ほど、いつでも、どこでも、号泣・・・・ということは無かったが、やはり気づくと涙が流れ落ち・・・という事が何回かあった。
戦死しようが、生き残ろうが、兵士たちは、皆命をかけて戦っている。本当の愛国心からなのだろうか?全員が全員、そうだとはいいきれないだろう。
「・・・勝てたのは運が良かったからだ。あの男を生かして帰せば、後に何人かの日本人を殺すことになる。そして・・・その一人は俺かもしれない。」・・・私たちの戦いは綺麗事ではありません。所詮は殺し合いなのです。戦争とは、自分が殺されずに一人でも多くの敵兵を殺すことなのです・・・。(本書P.226)
ところで、第2次世界大戦中のイタリアで起きた虐殺に関与していたとして終身刑判決をうけ、約15年前から軟禁されていたナチス戦犯エーリヒ・プリーブケ受刑者が、先日11日、ローマで死去した。
ナチス親衛隊の将校だったプリーブケ被告は1944年3月にユダヤ人75人を含む335人が殺害されたローマのアルディアティーネ洞窟の大量殺戮に関与した罪で、98年に終身刑の判決を受けていた。
プリーブケ受刑者死亡の報をうけてイタリアのユダヤ人社会では怒りの声が沸き 起こった。彼は若い時の罪を認めることは決してなく、犠牲者やその家族にも同情することは全く無かったという。40年以上をアルゼンチンに逃亡していたが、毎年4月20日には古い同士たちとヒトラーの誕生日を祝っていたという。
彼に死亡記事に関しては、友人もFacebook上でかなりたたいていた。死んでまでたたかれるというのも、気の毒といえば気の毒だが、忘れてはいけない過去というものはある。誰の責任であったとか、当事者たちのいなくなった時代で、何をどう騒いでも仕方ないことなのだが、少なくとも過ちは繰り返してはいけない。そのために、語り継がれることは大切。
日本の戦争謝罪に関し、近隣諸国が不十分だというのと同様、何をもって『謝罪』とするのか?また、どうやって許しあえるようになるのか?
話は小説に戻るが、『永遠のゼロ』では、主人公の最後のシーンでは、敵方米軍艦長が、「我が軍の優秀な迎撃戦闘機と対空砲火をくぐり抜け、よくぞここまでやってきた」と敬意を表す。艦長の息子は真珠湾で戦死しているが、艦長の決定は立派であった。
小説の中には、数え切れないほどの事実が設定されているようだが、その1つ1つが懐の深い小説世界を創造してくれる。そういった静かな衝撃とすべての人々の思いへの感動が、ラストに更なる大きな感動を呼び、読後の余韻は長く続く・・・
前回、若い人に是非読んで欲しい、と書いたが、日本人には是非読んで欲しい一冊。
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