週末の超強行ポーランド旅行 ~ その2 | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで32年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

とりあえず王宮広場へ出かけた。旧市街は13世紀に作られたという。1596年にクラクフから遷都され発展し、「北のパリ」と呼ばれていたそう。しかし第二次世界大戦末期の「ワルシャワ蜂起」により、町は徹底的に破壊された。現在ある旧市街の町並みは、すべて戦前と同じように復元されたもの。破壊直後の写真を入り口に提示している建物もいくつか見かけた。ちなみにこの市街は「ワルシャワ歴史地区」として、世界遺産に登録されている。 



http://www.poland.travel/ja/%E3%83%A6%E3%83%8D%E3%82%B9%E3%82%B3%E3%80%8E%E4%B8%96%E7%95%8C%E9%81%BA%E7%94%A3%E3%80%8F/%E3%83%AF%E3%83%AB%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%AF%E6%AD%B4%E5%8F%B2%E5%9C%B0%E5%8C%BA/ 

それにしても、教会の多さには驚いた。福者ヨハネ・パウロ2世はポーランド出身。国民の約95%がカトリック教徒であり、うち75%が敬虔な信者であるという。このように、ポーランド人の価値観や日常生活にカトリックの信仰が根付いている。 

 聖カシミロ教会。中庭には聖べネディクトの像があり、また門の外側には、爆撃を受けた当時の画像があった。 

 教会の詳細に関しては、こちらのHP参照。

http://yasuda.iobb.net/wp-googleearth_3/?page_id=3954

それにしても何かがイタリアとは違う・・・ずっと、考えていたのだが, きっと町を行き来する聖職者達が若いからだろう。颯爽と歩いている姿が逆に、りりしい。イタリアだと、ご高齢の聖職者がおおく、ちょっと若いシスターだとその殆どが外国人。 



旧市街を歩いて散策。後からプチ・トレインに乗り、旧市街の外のヴィス川の近くも走った。非常に美しい町。 


再び、王宮広場へ戻り昼食をとることに。その日は、あちこちの教会で結婚式が執り行われていた。風船をもち、自転車に乗った新郎新婦の後に、続く友人、親戚軍団の列に遭遇。不思議な光景だった。 

私は、ピエロギ。夫はザワークラフトを注文。 

 ピエロギは餃子に似ており、私は焼いたものをトライしてみたが、肉や野菜だけではなく、果物やチーズのデザート系もある。にんにくのきいたチーズのソースで頂いたが、意外にさらっとしておいしかった。ちなみに、メニューのデザートのピエロギ画像はこちら。

 味が想像できず。笑 その他、ポテト・パンケーキ、ポーランド風グーラッシュなどもおいしそうだった。

午後は、夫が仕事の打ち合わせがあるというので、ホテルの近くにある巨大ショッピングセンターをふらふら。どれもイタリアで見かけるメーカーばかり。若者が多く、活気にあふれているイメージが大きかった。好きなものを買ってもいい、といってお金をもらったが,物欲の少ない私は,留守番の子供達に何を買おうか,考えたが,思い浮かばず。とりあえず長女の好きそうな洋服を数着購入。 

6時には、ホテルに戻っておいて、といわれたが、あと1時間半どうしたものか・・・ホテルの近くの教会にでも行こうと思い、一人散策。そこで、偶然手工芸の屋台に遭遇。手編みのブレスレットゲット。3ユーロ。作るより安い。 
留め具の部分がメッキでビーズがついており気に喰わないので、そのうち作り直そうと思う。 

そして、ホテルに戻って、プールで一泳ぎ。久々サウナで汗を出した。気持ちいい~♪ 

考えて見たら、ショパンフェスティバルが行われていたが、観ている暇もない。少なくともポーランドを代表するショパンやキュリー夫人の博物館さえ見ていなかった。ショパンの心臓が納められてあるという聖十字架教会も皆旧市街にあったはずだったのに、後で気づいた。あ゛~。
 



こちらはホテル前のスターリンによって「贈られた」という文化科学宮殿。夜になるとレインボーカラーのライトがあたりロマンチック。 

 さてさて、翌日は、今回の旅行のメイン、福者ヨハネ・パオロ2世ゆかりの地、ヴァドヴィッツをたずねた。続く・・・