昨日ある葬儀に参列した。
故人は存じ上げないが、友人のお母様だった。
数日前の朝、家を訪ねてみると、ベッドで眠るように亡くなられていたという。
かなり高齢で呼吸にも問題があったということで、友人にもそれほど遠くない将来にそういったことが起きるということは、覚悟していたのか、かなり落ち着いているようだった。
確かに、人は、一日生きれば、一日死に近づいていくもの。死は迎えるものだと思えば、毎日心の準備をしつつ、生きていくべきなのかもしれない。・・・と書くのは、簡単だが、やはり誰かの死や病気に直面した時でないと、「死」や「生きる意味」など、なかなか人は考えないもの。
先日、ある雑誌を読んでいて、なるほどな・・・と思ったことがあるのだが、「・・・この世では死んだ本人は困らない。困るのは、生きている人である。」とあった。一家の大黒柱が急になくなったなら、生活も困る。ある講演会前で講演者がなくなったとしたら、困るのは、講演の主催者なり聴講者であって、亡くなった本人は困らない。つまり、結局、世のため、人のために生きているのだ・・・という。
また、最近の教育から抜け落ちているのは、生きるのは自分のためだけじゃないと教えることだとあった。自我を育てることばかり教えていると、命は自分のものだと思ってしまう。つまり、自分のことだけを考え、自分さえよければすべてよし、という生き方に通じてしまう。
個人の利益、個人の愛にとどまってはいけません。それを乗り越え、分け隔てのない愛で人を愛するようにしましょう。自己中心から抜け出したとき、真の愛をもてるのです。byヴァレンタイン・デ・スーザ神父
目に見えるものは、すべて過ぎ去っていく、はかないものです。愛、優しさ、思いやりは、目に見えるものではありませんが、それこそが、いつまでも人の心に残っていくものです。 byヴァレンタイン・デ・スーザ
私達は、常に多くの人々に支えられて生きているということを忘れてはいけない。だからこそ、死の時まで、誰かの役に立つ人生であるように。
故人は存じ上げないが、友人のお母様だった。
数日前の朝、家を訪ねてみると、ベッドで眠るように亡くなられていたという。
かなり高齢で呼吸にも問題があったということで、友人にもそれほど遠くない将来にそういったことが起きるということは、覚悟していたのか、かなり落ち着いているようだった。
確かに、人は、一日生きれば、一日死に近づいていくもの。死は迎えるものだと思えば、毎日心の準備をしつつ、生きていくべきなのかもしれない。・・・と書くのは、簡単だが、やはり誰かの死や病気に直面した時でないと、「死」や「生きる意味」など、なかなか人は考えないもの。
先日、ある雑誌を読んでいて、なるほどな・・・と思ったことがあるのだが、「・・・この世では死んだ本人は困らない。困るのは、生きている人である。」とあった。一家の大黒柱が急になくなったなら、生活も困る。ある講演会前で講演者がなくなったとしたら、困るのは、講演の主催者なり聴講者であって、亡くなった本人は困らない。つまり、結局、世のため、人のために生きているのだ・・・という。
また、最近の教育から抜け落ちているのは、生きるのは自分のためだけじゃないと教えることだとあった。自我を育てることばかり教えていると、命は自分のものだと思ってしまう。つまり、自分のことだけを考え、自分さえよければすべてよし、という生き方に通じてしまう。
個人の利益、個人の愛にとどまってはいけません。それを乗り越え、分け隔てのない愛で人を愛するようにしましょう。自己中心から抜け出したとき、真の愛をもてるのです。byヴァレンタイン・デ・スーザ神父
目に見えるものは、すべて過ぎ去っていく、はかないものです。愛、優しさ、思いやりは、目に見えるものではありませんが、それこそが、いつまでも人の心に残っていくものです。 byヴァレンタイン・デ・スーザ
私達は、常に多くの人々に支えられて生きているということを忘れてはいけない。だからこそ、死の時まで、誰かの役に立つ人生であるように。