ITAMA ~ 体験授業 | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで32年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

毎月第1週目のItamaの授業がある日にスタッフ・ミーティングが行われる。数か月前から、教師軍とシッターたちは、クラスを回り、お互いの仕事内容を見学、知ることも大切では?といわれ、先月プログラムが組まれた。

そして、今日が私の番だった。
行先は、Classe Rossa. CILS(チルス)と呼ばれるイタリア政府が認定するイタリア語検定のクラス。CILSには4レベルあり(UNO~QUATTROで、入門、初級、中級、上級)、試験は各レベルとも5科目(リスニング、読解、文法、筆記、会話)がある。Itamaのクラスでは、アルファベートから勉強する生徒(アラブ人)もおり、CILSのクラスは、校内では上のレベルに当たるが、それでも彼女たちが受験するのは、A2(アードゥエ)クラス。A2は、身近な話題(例えば家族、買い物、仲間、場所、仕事等)に関する言い回しや表現を理解し使うことができるが、初級以上であっても、コミュニケーション能力は、まだまだ完全でない。問題に使われる語彙は約1200語で、うち700語は基本語彙。イタリア語の授業を約100-150時間受講したレベルといわれている。

私なんて、在伊約20年。その前から東京でイタリア語学校へ通い、職場でもイタリア人がおり、イタリア語のクラスがあって、どんだけ耳では聞いてるの?という気もするが、イタリアの公的機関や企業等と口頭および書面で交渉することが簡単にできるか?!といったら、かなり怪しいかも・・・自分の知っている単語で自己主張するのみ。笑 上級レベルのC2は、イタリア人でも全員が合格するとは限らない難しいレベルといわれている。(過去に受験したこともないし、まっ将来受験することはないと思うけど・・・)

クラスに入り、まずは自己紹介。周りを見渡すと、今朝は生徒も少なめ12名。日本人1名、私の教会のコーラスのメンバーでもあるインドネシア人シスター1名。7名が、ベールをかぶっているエジプト人、モロッコ人とアルジェリア人。ベールをかぶっていないエジプト人が3名とさまざま。そのうち小学生の娘をつれてきている生徒あり。

担任が「みんな、宿題はやってきた?」と聞くと、ほとんどの生徒が「ノー」か「来週」と答える。あれっ?!どこかで聞いたことが・・・授業が始まっても平気で携帯電話で話しているものあり・・・あれ?!デジャブーか・・・?!と思ったが、思い出した。今年のチーム・ビルディングでは、授業風景を寸劇で表現したんだわ・・・と。そのまま。アラブ語も飛び交う。あちゃ・・・もう注意しても直らないんだろうね。

まず、ある会話をCDで聞いて、内容を話合う。アラブ人は、とにかく思いついたことを何でも口に出す。そこは、イタリア人と同じ。笑 テープの内容は、電車でしりあった男女が、自分たちの息子たちの仕事やう結婚相手の話などだった。女性が、息子の結婚に同意していない口調を聞くと、どこも嫁・姑問題はあるわよね・・・という話題になった。モロッコ人の生徒によれば、嫁・姑問題は、イタリアよりもモロッコの方が何かと問題になるという。少子化の日本やイタリアよりも子だくさんのアラブ諸国の母の愛は多数に分散化されそうな気もするが、そうではないのかな?笑

途中、時計を見ては、スパツィオビンビの子供たちは、もうおやつを食べたかな?など思い出してみたりもした。 

隣同士の人と、カップルになってワークすることが多かっただろうか?文章を作ったり、作業をしている間に、彼女たちが提出したエッセーなども見せてもらった。あっという間の2時間。

帰宅し、メールチェックをすると、この水曜日に別のシッター要員がアルファベートのクラスを見学に行っており、その感想が分かち合いとして配信されてきていた。自分の母国語を教えることが、いかに大変か・・・と書かれていた。確かに、私も数年前に日本語教師養成のプログラムに参加したことがあるが、日本語の文法を分析し、他人に教える以前に、いかに自分が日本語をわかっていないかショックをうけたことがある。

ミラノ郊外には、日本語コースもある言語課の高校は、いくつもあるが、ミラノに関しては、大学にはあっても、言語課の高校はまだ存在していない。いずれロンバルディア州がそれを認めたときに、教師が不足しているの確実なので、そのためにも養成プログラムを・・・ということだった。2,3回出席しただろうか?1度は証明書はいただいたものの、2年目は断念。メーリング・リストからも排除してもらった。なんたる情けない話。

今日の感想と私の経験を書くと、すぐに私たちのカーポから返事がきた。
お互いの仕事内容を把握し、尊重すること。また、シッターの仕事もいかに忍耐が必要か・・・とあった。確かに自分の子供でない分、距離感をもて、寛大にはなれるが、やはり文化の差は何かと大きい。

あなたたち、ボランティアがいなければ、Itamaは存在しないということを、改めて感謝するとまとめてあった。

人に感謝されるためにしているわけではない。与えることで、与えられる。

仲間や生徒との行き違い、あーすればよかった、こうしておけばよかった、反省も多い。それでも、改めて、Itamaにかかわれてよかったと思っている。

 
http://ameblo.jp/sofiamilano/entry-11470129496.html