12月に入ると、7日が「聖アンブロジアーノ」の祝日で翌8日は、「聖母マリアの無原罪」の祝日で連休になるのだが、ミラノではそのあたりに、クリスマス・ツリーやプレゼーぺを飾る。
プレゼーぺは「馬小屋」という意味だが、13世紀、アッシジの聖フランチェスコが考え出したもの。類まれな方法で、主の降誕を祝おうと思いたったという。イタリア、グレッチオの町の向こうには、うっそうとした森に覆われた岩山がある。フランチェスコは、そこの岩穴に藁を一杯つめたかいば桶をしつらえ、牛とロバを引いて来て、ベツレヘムのあの聖なる夜を再現したそうだ。そこでささげられた聖夜のミサ、幼きイエスについての説教により、集まった村人たちは聖なる喜びに満たされ、皆夜も更けてから家路についた・・・。その後、17世紀頃までは、祭壇の上や脇にかいば桶がおかれ、本物の赤ちゃんが寝かされたとか。ちなみに14世紀頃、実際に使われたかいば桶が今でも残っている。時が経つにつれて、このかいば桶の周囲には、マリアとヨセフ、天使や羊飼い、動物などがおかれるようになり、各家庭にも馬小屋を飾る習慣がひろまっていったという。
馬小屋が表すのは、2000年前の歴史的事実ではなく、待ち望んでいたメシア到来の知らせ、神の平和の訪れを告げる福音なのだ。
馬小屋を作る職人たちは、その福音が今生きている自分たちのもの、自分たちの家庭のもの、村のものとなるように努力してきたが、19世紀になると、馬小屋はロマンチシズムという時代の風潮の影響を受けて、東方の風物や、歴史的な事実のみを写し出すようになってしまった。馬小屋本来の意味が薄れて、クリスマスの秘儀を伝える事は忘れてしまったのである。こんな馬小屋からは、慰めも励ましも得られないのではないか?という反省から、いろいろな所で聖フランチェスコの本来の意図を汲み取ろうとする努力が重ねられているが・・・
クリスマスが近づいてくると、イタリアの幼稚園や小学校には、クリスマス・ツリーが飾られる。けれど、公立の学校の教室には、十字架をつける・つけないも自由になったが、ツリーに関しては、「宗教色を出さない」という規定をつけるところが増えてきた。
今回論争になっているのは、バイオリン工房の多い町、「クレモナ」(ミラノから南東に位置し、電車で1時間)のカオルソの公立の幼稚園では、宗教色を出さないために、今年はプレゼーぺはなし!と決定したというではないか・・・
児童の20%は外国人だというカオルソの幼稚園。だから、宗教色は出さない方がよいというのか?
「先月幼稚園でハロウィン・パーティをしてクリスマスはなし?」と激怒した保護者もいるという。確かに・・・
考えてみたら、次男が通った保育園も外国人が多く(20%どころかもっといたはず!)クリスマスツリーに色鮮やかな飾りはなく、各国の言葉で祈りを書くようにいわれ、紙を飾った。(七夕の短冊かいな?!)でもね・・・両親は外国人でも、子供はイタリア生まれも多いわけで、親の国籍で祈りを各言語にするのもどうなのかな・・と思った。
ちなみに、現在の次男のクラスは、20人中10人が外国人。けれど、カトリックのカテキズモ(要理)を学んでいないのは、3人だけ。(そのうち一人はエジプト人のキリスト教教徒。実は次男も洗礼は受けていないし、今後も彼の意思に任せたいと思っているので自由にさせている)だから、国籍なんて意外に関係ない気もする。それよりも、イタリア人の中で、形だけのカトリック教徒が増えているほうが、今後問題だと思う。宗教色が、宗教色が・・・一番恐れているのは、イタリア人自身では?
そして、12月になると、必ず保護者が招待されるクリスマス会では、児童・生徒達がクリスマスの歌を歌ったり、詩を読んだり、劇をする。それは決して「イエス・キリスト」という名前さえ出てこないけれど、「喜び」を表現すること自体、もともとの「クリスマス」を教えているのでは?矛盾している。
カオルソの市長は、ポケットマネーでプレゼーぺを購入し、それを幼稚園のクラスにプレゼントしに今朝でかけたらしい。
馬小屋は否定されたのだろうか?それとも「希望の光」となるのだろうか。