ITAMA ~ 学年末 | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで32年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

昨日で、2011-2012年度Itamaが終了した。 

同時にマルチ・カルチャーの会議が朝から行われており、副市長や地域の議員さんもいらっしゃっていた。 

借りている小学校は、複雑な地域のど真ん中にあり、50数年前にできた市営住宅のまん前にある。けれど、成長した子供たちはみな、他の地域に移ってしまい残ったのは、その両親の年代(70歳以上)と、あとは後から移ってきた外国人ばかり。逆に学校の裏側や近くにフランス人学校もあるが、そちら側は高級住宅地。あえてその小学校に入学させる家庭はいない。徐々に外国人(ほとんどがアラブ人や、フィリピン、南米系)ばかりになってきてしまった。逆に越境で次男の小学校へ移ってくる外国人も多くなってきたくらいで、Itamaの借りている小学校の校舎はかなり大きいのに、ほとんどの教室が空いたまま。他の地域にあったアラブ人学校(私立扱い)も引っ越してきたほど。 

今年は、小学校1年生をとらず、4年後には廃校になるという話もあった。それでもマルチ・カルチャー、地域の外国人たちがいかにそこで融合していくか、という会議だった。 

さて、肝心な生徒たちの今期の授業はすでに終了しているので、昨日は、生徒たちの持ち寄りにより、会議の合間、お客様たちも一緒にビュッフェ・パーティが行われた。 

会議が長引いており、学校の中庭で待機。毎年、学年末にはコース終了証を生徒たちに渡すが、今年は各担任が生徒たちへのコメントを個別にカードで準備。「よくがんばりました。」「もう少し会話をがんばりましょう。」などなど。ビュッフェが始まる前に、各クラスごとに配布。そして、記念写真を撮っていた。 

中に移動する際、最近第2子目を産んだ、スーダン人の生徒が、上の子供が駄々をこね、ベビーカーはあるわ、下の子は見れないわ、で困っていたようなので、私が生後約2ヶ月の子をつれて会議室へ入っていくと、「お~君はここにもいるんだね!」と同じ教会の役員さんに遭遇。「私の息子たちもこの小学校に通ったんだよ。この学校をどう維持していくか、興味があったんだ!っで、例のFamilyはどうったかい?」などとおしゃべり。やはり地域のイタリア人にもこのItamaの存在を知ってほしい。 

そして、小学校の校長先生よりじきじきに生徒たちにコース終了証を渡し、記念写真。スパッツィオ・ビンビに来ていた子供たちには、アルバムを作ってあげて同時にプレゼントした。何気に涙ぐんでいる生徒もいた。 

いよいよ、待ちに待った食事スタート!!ビュッフェは手巻きあり、肉団子あり、春雨サラダあり、あとは、どれがモロッコ料理なのか、エジプト料理なのか判断できなかったが、食べたことないものばかりが山のよう。これでもか!これでもか!と料理が並んでいる。クリスマスのパーティも彼女たちは沢山料理を持ってきては、私たちスタッフに「私の作ったの、食べてくれた?」などと声をかけた。彼女たちのホスピタリティは意外だった。日本人もがんばってよ~と期待し、私も梅入りのご飯でおにぎりを作っていったが、すぐになくなっていたようだ。ほっ。  


14名の子供たちで始まったスパッツィオ・ビンビも帰国する人あり、新たに入られる方あり、そして兄弟が生まれ、生後数週間で来た子あり・・・最終的に18名になった。 

ところで、今後秋以降、夫の会社を手伝うかどうか考えていた。そうなると、もうItamaにもかかわれない。どうしたものか・・・夫に話すと、会社には来なくてもいいということだった。無理やり引き込まれたItama.「もう逃げられないのね?」というと、「そう、もう離さない・・・」と仲間たちに冗談を言われたが、いざ離れることを一瞬でも考えるのはつらかった。けれど、残れるのは嬉しい。また、先月出られなかったスタッフ・ミーティングの議事録によると、私が子供たちのデータ管理担当となっていた。これがないと、スパッツィオ・ビンビは起動しない。 

とはいえ、このItama。基本的には、S.Siro地区のどちらかといえば、生活も困難な外国人女性を支援するグループとして発足したこともあり、その中で、日本人の母子を受け入れることは、毎年問題になってしまう。 

私たちのグループに限らず、イタリア語でも英語を習得する際に言えることは、日本人は、文法ができても、話すことは苦手。けれど努力なしでは、進歩できない。あえて、イタリア人の中に入り話す努力をすること。それが、日本人はアラブ人にくらべると少ないといわれてしまうのだ。しかも、本当にこの地域(ポポラーレといわれる、いわゆる低所得者地域)に住んでいるわけではないので、校舎を借りている学校に子供を通わせている母子が優先されてしまうので、どうしてもウェイティング・リストにいる日本人が後回しになってしまうのも、気になるがどうしようもない。 

今月もう一度、新年度の申し込み用法やら、規則内容を見直すミーティングが行われるので、日本人にも多少有利になるようなコース配置を意見したいし、彼女たちにも努力してほしい。とくに、イタリア語のレベルはもちろん、地域の移民との融合を意識してほしいもの。 

イタリア人にもいえることだが、人種差別やアラブ人を批判する前に、まずは、彼女たちを知ること、そして受け入れることの大切さを感じてほしい。 

先日、「ママはなんでお金にならないようなことをするの?」と聞いてきた長女。昨晩、「なんかよくItama,Itamaって耳にするんだけど、実際どういうことをしているのか教えて!」と聞いてきた。生徒やクラスの様子を説明すると、なぜかイタリア語で『Interessante!!』(面白そうだね。)といってきた。そうなの、実際イタリア語は教えてなくても、生徒、特にアラブ人や子供たちに触れることで、ママは多くのことを学ばせてもらってるんだよ!というと、彼女も目を輝かせ、嬉しそうだった。Itamaの波動が徐々に広がっていきますように。 

 ←踊るモロッコ人生徒。

来年度受付 
9月19、21日 
10月10日(水)より授業開始