ついに今日現地校が終了した。
我が家の目と鼻の先にある長男が通う中学では、13時半になると学校終了、夏休みに突入し、喜ぶ子供たちの声援とブブぜラ(サッカー応援用メガホン)が鳴り響いていた。きっとカウント・ダウンもしていたはず。
この1年、本当に早かった。
今までに一番早い1年だったような気がする。って時間は老若男女、貧富の差なく常に平等で、常に同じ進み方なのにね。
というのも、本当にいろいろな活動を自ら選び進んでやったり、巻き込まれたり、自分でも本当によく動いた年だと思う。子供の現地校、補習校、教会関係、ボランティアもろもろ。また、この1年子供たちは皆めがねを作り、よく壊された。それに次男の歯医者めぐりは、本当に私のほうが泣きたくなることも多かったし、全身麻酔での5本抜歯は、今でこそ笑っていられるが、そこにいたるまで本当に大変だった。
強いて言えば、長男の学校 行事は手を抜いた 、と いうかまったく参加せず。何も学校のことがわからないのだから・・・長女の件では、担任と何度面談しただろう。その度に、恥ずかしさと辛さと悲しさと・・・毎回涙ぐんでは、毎回逆に担任に励まされた。そのうち「時期」は越えられますよ、と。は~、見守りつつ彼女の問題だ、手を出しすぎてはいけない、と割り切ろうとしても、親としての葛藤も大きかった。
そんなわけで、太極拳も編み物も今ひとつだった。すべてを完璧にするのは、ありえないということ。
そして、人にたたかれることも多かった。ただ、あまりにも忙しくて、気にしていられなかったのは不幸中の幸い。私が何をしたのか?主観的になりすぎていないか?または妬みなのか?忙しいわりには、よ く立ち止まって考えた。10 0歩譲っても、相手の感情によって振り回されることも多く、逆にそれは相手の問題だ、と割り切ることも少しだけ覚えた。(そうでないと、精神的にもたない)
私は、若い頃から、仕事をしていても、どうしても人に頼むのが苦手で、一人で抱えてしまう事がよくあった。けれど、何もかもを一人でやり遂げるのは、到底不可能なことで、今年は自分の限界を超えていた感じ。他人に委ねる部分、頼んでしてもらうこと 、分担することを徐々に学んだ。
もちろん他の方に委ねるには、まずお互いの信頼関係が必要なわけで、しかも丸投げではなく、自分自身も何をすべきか識別できるが意識したつもりだったけれどどうだったのだろう。
自分もするべきことをしているのなら、結果については、すべてをみ旨として謙虚に受けとめようと思った。だから、ひどい結果がなかっただけに、自分としては、満足しているし、充実感を感じているのかもしれない。もちろん、これ以上のことはできなかったし、それ以下のことも、今思えばできなかったと思う。
明日からの長い長い夏休み。子供たちは、キャンプもサマー・プログラムも何も申し込んでいない。日本へ出発するまであと2週間。私の野暮用が多いなあ・・・・少なくとも、早寝早起きとはいわなくても、最低限の生活習慣をくずさせないようしないと。
ところで、さすがに3ヶ月も夏休みがあるので、一応夏休みの課題図書や宿題は出る。・・・が、各々が文房具屋や本屋に予約して購入しないといけない。新年度の教科書とて同様。毎年、9月になると予約を忘れた人やら、何かと問題があり、大騒ぎ。長女なんて進級がいまだにはっきりしていないから、予約ができない。しかも留年をしても、クラスが変わるらしいので、いずれにしても教科書は変わるらしい。たまんないね。
昨年までオーダーしていた文房具屋はどうも経営難のようで、いつ閉まるかわからない。リスクがあるので文房具屋を変えた。すると、近所の文房具屋やも閉めようとしていると聞いた。このご時勢、文房具屋や新聞スタンドを経営していくのは、大変なんだね。
とはいえ、まだ夏を感じられないミラノ。夏休みといっても、今ひとつ盛り上がりにかけるかな?さあスタート!!