長い長い、(親にとっては地獄の?!)夏休みに突入する。
昨日でやっと終了したFamily 2012.
それでも、まだまだミッションは続いている。
今朝はItamaのミーティング。
Itamaもついに今週で終了するのだが、あさっては、会場となっている学校で、マルチ・カルチャーのコングレスが行われる。その合間をみて、Itamaの持ち寄りパーティもあり、きっといろいろな料理が披露されることであろう。生徒たちのコース修了証と子供たちに渡すプレゼントの詰めと来年度の詳細などの打ち合わせをした。
最近、私たちの活動が新聞に載ったり、P&Hの洗剤・Dashのホームページの主婦を支援するコーナーでも私たちの活動が紹介された。そして、ついに、ある銀行が私たちの活動に賛同してくださり、4400ユーロを寄付してくださった。これで、しばらく資金繰りに悩まされることもないだろう。来年度は、余裕をもって生徒や子供たちを受け入れたい。
それにしても、今回、Family 2012を通じ、感じたのは、常に大きなイベントの舞台裏では多くの人が支えているということ。物事は、目に見える部分だけが動いているわけではない。しかも、お金が支払われるのなら、一生懸命働くかもしれないが(イタリア人の場合は、時と場合による?!笑)それが、ボランティアとして働くには、やはり自発的なもの、自由意志、心がないとできない。
ボランティアのことをイタリア語でVolontarioという。つまりVolontàが自発的な、という意味なのだ。
何人ものチーム・リーダーに出会ったが、どれも切羽詰った状況で皆、仕事をしていたが、なかなか心に余裕をもって笑顔でいられる人は少ななかった。怒ったり、どなったり、ただただ走り回り、下の人間に指示さえもできない人もいた。もちろん、その人のもともと持っている器の大きさというものもあるだろう。けれど、ベースは皆同じはず。Volontàだ。
自分を周囲に役立たせて行くことに心を向けるということは、いかに難しいかと思った。それは、グループになればなるほど、調和が必要となる。
先日、長女に「なぜママはお金にもならないことをするの?なぜ人のために動くの?」と聞かれた。自分だけが大切。自由、自由といって責任を忘れている手のかかる思春期の子供には、私のしていることは理解できないのかもしれない。
周りの人々を大切にして、彼らに尽くすこと。きっと彼らは、神様が私に与えてくださった贈り物なんじゃないだろうか。人とかかわりながらこそ、人は向上していく。もちろん、第一は家族。今回のFamilyでボランティアができたのも家族や近所の人、そして友人に支えられながら、できた。感謝!
人に何を与えるかではなく、どのような気持ちで与えるか、考えさせられるよい機会だった。
Do good because you are good.
善い人になるために善いことをするのではなく、あなたは善い人なのだから善いことをしなさい。byPadre Valentine
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