聖木曜日 ~ 洗足式 | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで32年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

今日は聖木曜日(復活祭前の聖なる3日間のうちの木曜日)だった。 

日本では聖香油のミサは水曜日に行われるようだが、ミラノでは毎年聖木曜日の午前9時半から、ドウモで行われる。http://www.chiesadimilano.it/cms/speciali-archivio/pasqua-2012

ミラノ教区の司教たちが集まり、祝福された油が教区全部の教会へ配られる。そしてこれからこの一年にこの油を使って、洗礼や病者の塗油に使われる。病者の塗油とは、病気(事故、老衰なども含め)で命が危うくなった信者を助け強めるしるし。 

キリストとは「香油を注がれた人」という意味のギリシャ語ハリストス(Χριστός)が語源であり、もとはヘブライ語משיח(マーシアハ)あるいはメシア(アラビア語ではمسيح マシー)のギリシャ語訳。英語Christには「救世主」という意味も含まれる。 

キリストが十字架につけられたときに、頭の上に『これはユダヤ人の王』と書かれた札を掲げられるのだが、これはラテン語のIESVS NAZARENVS REX IVDAEORVMであり、その略語「INRI」をよく絵画に見ることがあると思う。 

本来は罪のない、キリストが政治犯であるバラバの釈放の代りにはりつけの刑にあわされるのは、正に『主の生贄によって、罪びとが救われる』ということを実に体現しているわけである。

そして、夜には、地元の教会の(主が足を洗う)『洗足式』に出かけた。大抵、どこの教会もカテキズモをしている子供達が足を洗う。 

この日、イスラエル人は特別な食事で過ぎ越しの祭りを祝ったという。 
イエスは亡くなられる前の晩、エルサレムの友人の家で12人の弟子と一緒に食事をなさった。これが、あの「最後の晩餐」。 

弟子達が食卓に着いたとき、イエスはたらいに水を取り、弟子達の足を洗い、布でその足を拭く。・・・弟子達はどんなに驚き、抵抗したことだろう。 

イエスの弟子達に対する実践教育である。そこには、仕え合う大切さと愛し合う大切さがある。人々に対し謙遜な心をもって人々に奉仕をしなければならないという「愛の模範」。 

指導的立場にある人こそ、隣人愛のおきての実践、周りの人を思いやる心、人に仕える心を持たなくてはならないだろう。 

互いに愛し合いなさい。 
私があなた方を愛したように。 


Servo per Amore 「愛の僕」 
http://www.youtube.com/watch?v=hrGOpEhBm-o&feature=related 
主任司祭(主)が12人の子供達(弟子)の足を洗っているしぐさをしている間に歌った賛美歌。(こんなカラオケ風ではなく、綺麗なコーラスでしたけどね!笑) 
Offri la vita tua come Maria ai piedi della croce  
e sarai servo di ogni uomo, servo per amore,  
sacerdote dell'umanità                 
十字架の元のマリアのように命を 
捧げなさい  
全ての人の僕、愛の僕、  
人類の師となることでしょう