友の旅立ち | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで33年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

今日、友人一家が帰国した。 

御主人はブラジル人で、奥さんはペルー人だった。 
在ミラノ20年だったそうだが、最後にはミラノの生活に疲れ帰国を決意したらしい。 

3年前に長男が私立から公立の学校へ転向したときに、彼らのお嬢さんと同じクラスになった。その後、下に息子さんがおり、次男の同い年だと判明。公園で会うと、子供同士を遊ばせよくおしゃべりをした。御主人の子供時代の学校の先生が日系ブラジル人で、私と同じ名前だったという。だからか、非常に親しくしてくれた。 

御主人は自称コック、奥さんは不動産代理店に勤めていたようだが、御主人のほうが時間的に子供の面倒をみていたようだ。いずれにしても、イタリアで現地社員として雇われて働くのは、お給料も低いし、生活も決して楽ではなかったと思う。御主人側の父親が亡くなったときは、もちろん死に目にも会えず、その後一時帰国するのに、3年かかったという。どんなに苦しい思いをしたのだろうか。 

それでも、毎日子供と一緒に登校する姿はどんなに遅刻しようが、全く焦ることなく、いつもニコニコ、「ブオン・ジョ~ルノ~。ボナ・ジョルナ~タ!(良い一日を)」と逆に声を掛けられる。毎日あんなに遅刻して学校から注意されないのかな?と他人事ながら心配をしたが、まさにDon't worry, be happy!的な生き方を感じさせられた。 

帰国が決まったとき、すぐに報告してくれたのだが、ブラジルで何をするの?と聞くと、ストリート・チルドレン達を家に集めて一緒に暮らすのさ!という。???目が点になって驚いた。家は?ある、ある大きい家が・・・とにっこり。収入は?なんとかなるさ・・・。 

それでも、非常に精神的なゆとりを感じ幸せそうに見えた。 

カトリックやオラトリオに通う子供達には批判的だったし、子供達も学校では、宗教の授業も取らせていなかったが、よく神様の話はしていた。もうこれからは、こんなあつい上着も捨てて、ビーチサンダルとTシャツ・短パンの生活さ!「神様の御加護があなたのもとにありますように」と言われ、挨拶をして分かれた。 

あれほどまでに、リラックスして生活できたら、もっと自由な自分になれるのかな・・・などと考えた。この薄暗いミラノの空の延長線には、青空が広がるブラジルがあるのだろうなあ。buona fortuna!! 彼らに幸運を!