交通事故による犠牲者を追悼する世界デー | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで33年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

11月第3土曜日は『家族の日』といって、交通事故による犠牲者を追悼する世界デー(World Day of Remembrance for Road Traffic Victims)となっている。 

毎日のように、世界のどこかで、交通犯罪によってこの本の表題のような事態が起こっている。これらのニュースになるはずの出来事のいずれもが、死亡例であろうとなかろうとかくも「日常茶飯事」になってしまったがゆえに、報道さえされなくなってしまっている。 

世界中では、交通犯罪によって毎日3400人以上の人々が亡くなっており、毎日万単位の人々が後遺症となる障害を負っている。これらの出来事が負傷の当事者とその家族・友人・地域社会にもたらしている悲惨さは計り知れない。 
http://www.kik-izoku.com/world%20day/report/naibu.pdf#search='交通事故による犠牲者を追悼する世界デー' 

ところで、先日、ミラノで、12歳の少年が自転車に乗っていたところ、脇の駐車中の車のドアがいきなり開いたので、それをよけようとして、反対からきたトラムに轢かれて死亡するという事故が起きた。聞いてみると、友人のお子さんが通う中学生だというので、その友人に電話して聞いてみると、良く知った方だったという。長男と同い年。また、そのお姉ちゃんは長女と同い年で、長女と同じ高校に通う学生だった。 

母親は、誰でも、どこでも起き得る事故だと、新聞では、決して相手を責めるような意見はしていなかった。ましてや、非常に敬虔なカトリック信者で、すべて神様に委ねようとしている姿を友人から聞き、胸を打たれた。確かにそうかもしれない。それは、自分の子供にも起き得ることだし、自分かもしれない。そう思うと、運転するものはもちろん、高齢者や子供、自転車にのる交通弱者が注意に注意するに越したことはないし、安心して道路を通行できる社会を目指して欲しいと強く感じる。 

事故翌日のミサ(葬式は事故一週間後だったそう)には、市長という公の身分としてではなく、一般人として、ピサピア市長も参列していたという。翌日から、駐車している車を厳しくとりしまり、何台罰則を与えた、と新聞にでも出ていたけれど、やはり新聞でも、運転者や交通弱者に対しても基本的な生命尊重、安全とは?というようなことを促して欲しいものだ。 

安心して生活できる社会を作るため、世間に改めて発信する日であってほしい。