それでも生きてゆく | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで33年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

ドラマ「それでも生きてゆく」が終了した。

友人に妹を殺害された青年と、加害者の妹が心を通わせていく“禁断の愛”の物語なのだが、被害者家族と被害者家族の葛藤は、どちらの立場にもなって考えさせられる, 重い暗いテーマであったにも関わらず、出演者はもちろん、台詞や音楽がよくって毎回、涙なくして見られなかった。

「生きている」と「生きてい(ゆ)く」って一文字違いだけれど、意味は全く違う。一人の人間が「生きていく」ということは、その人の生命力を必要とし、他人からの「愛」や「信頼」が活力になるんじゃないだろうか。

マザー・テレサはインドのカルカッタで、貧しい人や、孤児、ホームレスのまま死んで行こうとする人、世間から見捨てられた人たちを、見捨てないで世話をした方だった。役所の福祉事業に関わる人と、何が違うかというと、もちろん役所の方も素晴らしい仕事をしていると思うけれど、空腹を補うための食べ物、つまり肉体的な命を保つだけの物を与えるのと、もっと魂に息を吹きかけるというのかな、人に見捨てられ、生きていく自信を失っている人に、「生きていく」自信を与えるという違い。それは同情や哀れみだけの行為ではなく、相手を「一人のかけがえのない人間」として見る尊重と愛が大事。そして、それが人に勇気や希望を与えるものだと思う。

上記ドラマでは、犯人が出所後、再び人を重症に合わせ、最後逃亡先で自殺しようとする。そこへ、妹と主人公の青年がやってきて彼を助ける。憎い犯人だから、殺す事はいともたやすい状況だった。それでも犯人を助けた。(主人公)「あいつ(犯人)のこと信じてみようと思って」・・・(犯人)「いいよ、またする(自殺)から」(主人公)「じゃあ助ける。何回死のうとしても助ける。」・・・(主人公)「(毎朝同じ朝日を見て)今日がはじまるのをいつも見ている。お前(犯人)と朝日をみたい。もうそれだけでいい。」

どん底にいながら空を見上げる。パンドラの箱に最後に残ったものは、希望だった。そんなさわやかとはいえないものの、暗さから脱出できるような、光の導き。

「私が誰かと繋いだ手のその先で、誰かがあなたの手を繋ぎますように」
「つないだ手にこめた思いが届きますように・・・」

「この宇宙では 人に親切にすることが自分を助けることになる・・・メーテルがそんなようなこと 言ってた。」
情けは人の為にならず・・・いずれは巡り廻って自分に戻ってくるのだから、人には親切にしておいたほうが良い、ということか。な~んか、泣けたな・・・・

こちらはメーテル名言集↓