金の草 | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで32年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

日本の地元の小学校へ行く道は、今でこそ住宅地であるが、昔は田んぼだった。 
春はレンゲ畑。初夏に田植えをし、夏になるとゲロゲロと蛙の鳴き声が夜になると、遠く離れた実家にも聞こえてきたもの。そして、秋には稲穂の収穫の時期となる。 

元農学校の先生だった宮沢賢治は、生徒達に「稲の心がわかる人間になれ」というのが口癖だったという。 

稲、つまり米は、今のように機械化が進んでいない頃は、「米作り八十八手間」と言われていたという。
『米』という字を分解すると八十八と読むことが出来る。米を作るには八十八もの多くの手間がかかると言う意味なんだそう。その手間隙かけて、大きくなる稲の気持ちってことなんだろうか。 

イタリアもリゾットが有名なくらいだから、稲作ももちろん行われている。ノヴァラ(ピエモンテ州。最近サッカーの森本が所属しているチームNovaraのあるところ)、ヴェルチェリ(ピエモンテ州。映画「苦い米」で有名)及びパヴィア(ロンバルディア州)を結ぶ場所が、イタリアにおける稲作の黄金の三角地帯と呼ばれ、これらの地域で稲は "金の草" と呼ばれている。その米の用途も様々で、サラダ用、リゾット用、スープ用などとある。しかも、新米が重宝される日本ほど生産年度にこだわりはないので、硬化した古米や古古米の方が好まれることがあったりして驚き。 

実るほど頭を下げる稲穂かな 

学生の頃、よく学長に言われた言葉。 
秘書課だったということもあるけれど、目上に対してのみならず、常に謙虚でいなさい、という事だと思う。 

風で黄金の稲穂が畑一面に波立つのは圧巻であろう。